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天国の扉

セフレの彼は幼なじみ30

「じゃ、いただくよ」

 置かれたお菓子を手に言う陸翔。

「うん、どうぞ」と答える菜那美の頭の中を様々なことが駆け巡っていた。

 陸翔の志望校のことや、この夏はどこへ出かけるのかなど。

 しかしいずれも、陸翔の彼女の話題を避けては切り出せない内容なので、何も言い出せない菜那美。

 すると、陸翔が美味しそうにクッキーを頬張りながら言った。

「うん、美味い。なんか、今日ももう、続きをやる雰囲気じゃなくなったから、また今度な」

「あ……ごめんね」

「なんで菜那美が謝るんだよ。仕方ないって。それより、危ないところだったな。菜那美の家でやるときは、気をつけないと」

「うん、そうだね……」

 なぜか無性に寂しくなる菜那美。

 それは、今後の二人の関係を思ってのことなのか、今日の性交がなくなってしまったからなのか、理由は菜那美本人にも分からなかった。

 落ち込んだ様子の菜那美を見て、力づけるように言う陸翔。

「そうがっかりするなって。前々から言ってるように、もうすぐ俺んちで目いっぱいできるからな」

「うん、ありがとう」

「さてと、もう宿題も終わったわけだし、帰るか」

 すくっと立ち上がる陸翔。

 引き止めたい菜那美だったが、口実が見当たらなかった。

 ここでも「セフレじゃなく、彼女だったなら、口実なんか必要なく、ずっと一緒にいられるのに」という思いに苛まれ、自分の境遇が悲しくなってくる菜那美。

 それでも、落ち込んでいることがバレないよう、菜那美は無理やりに笑顔を作った。

 陸翔もこころもち明るい表情で言う。

「じゃあ、また明日な」

「うん、また明日」

 そして、きびすを返すと、菜那美の部屋を出て行く陸翔。

 玄関まで見送りに行くことにした菜那美も後に続いた。

 翌週の火曜日、夏休みまであと数日と迫ったこの日、菜那美はみたび智孝に呼び出された。

 いつものようにクラスメイトたちの突き刺すような視線を受けつつ、教室を出る菜那美。

 智孝は「また、校舎裏へ」と言うと、菜那美を引き連れて廊下を歩き始めた。

 校舎裏にて腰を下ろす菜那美と智孝。

 すぐに智孝が話を切り出した。

「鷲沢さん、その後、どう?」

 菜那美は返答に窮した。

 陸翔と彼女のことを思うと胸を痛めたり後悔したりするばかりだったが、そんなことを智孝に伝えるのは惨めなので。

 そういうわけで、当たり障りのない答えをしておくことに。

「な、何も変わりはないかな」

「そっか……僕と同じだね。そして、あの二人は今日も食堂へ行ってから、二人っきりでどこか行くんだと思う。切ないね、僕らは」

 しみじみと言う智孝。

 菜那美も同感だった。

 すると、智孝が一つ咳払いをしてから言う。

「そういえば、もうすぐ夏休みだよね。せっかくの長期休暇なのに、現状のままだと、鷲沢さんは陸翔と、僕は絵莉花と、それぞれ一緒にどこかへ行くことはまず無理と言わざるを得ないでしょ。悲しいけど」

「う、うん……」

 頷く菜那美。

 智孝の言うことはもっともで、菜那美は早くも暗い気分になってきた。

 今まで、当然のように陸翔と一緒に、夏祭りやプール、映画館など色々な場所へ出かけてきた夏休みの思い出が、菜那美の胸に迫ってくる。

 今年は全て無理なのだと思うと、菜那美は気が滅入ってきた。

 このままでは勉強も手につかない、という気になってくる菜那美。

 智孝も寂しげな表情をしていたが、声を励まして言葉を続ける。

「だけど、ちょっと思いついたことがあってね。言いづらいんだけど……」

 言いにくそうに言葉を切る智孝。

 菜那美は続きが気になったので、「何でも言ってね」と促して智孝の言葉を待った。

「うん、ありがとう。単刀直入に言うけど……僕と付き合う『ふり』をしてくれないかな?」

「え?!」

 予想外のことを言い出され、狼狽する菜那美。

 弁解するかのごとく、智孝が慌て気味にも思える早口で言った。

「その……当たり前だけど、本当に付き合うわけじゃなく、あくまでも『付き合うふり』ね。なんでそんなことをお願いするのかっていうと……さっき話した、夏休みのお出かけのためだよ」

 きょとんとする菜那美は、すでに落ち着いた様子で智孝の説明を待っている。

 智孝もいつも通りの冷静な口調になって言った。

「現状のままだと、陸翔や絵莉花と一緒に夏祭りなどなどに行くのは無理でしょ。でも、ダブルデートって形なら、OKしてもらえる可能性もあるかと思ってね。もちろん、僕たちは本当に付き合おうというわけじゃないし、その面ではあの二人を騙すってことになるんだけど……他にどうすることもできないし、心苦しいけど我慢するしかない気がして」

「た、たしかに……」

 少しずつ、智孝の言っている内容と目的が把握できてきた菜那美は頷いて言う。

「ダブルデートっていう形なら、誘う口実にもってこいだね」

 うまく伝わったのが満足なのか、智孝は少しだけ表情を柔らかくして言った。

「でしょ。正直、この夏、現状のまま終わってしまうと、絵莉花への僕の想いは消さざるを得なくなるほど、切羽詰ってるんだ。たった数ヶ月前までは、『一緒の大学に行きたいなぁ』なんてのん気にひとりで思ってたんだけど、今となっては絵莉花に『どこの大学行くの?』と聞くことすらままならなくなってて。このままでは、恋の終焉は間近かなぁって思ってね」

 視線を落とす智孝。

 菜那美には智孝の気持ちが痛いほど分かった。

 驚くほどに、自分と状況が似通っているので、なおさら。