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天国の扉

セフレの彼は幼なじみ20

 帰り道、菜那美はひとり、とぼとぼ歩きながら考え事をしていた。

 もちろん、考えていることというのは、陸翔と絵莉花のことだ。

 絵莉花は、昼休みの段階でおぼろげに想像していた通りの人物だったと、実際に対面してみて分かった菜那美。

 陸翔が絵莉花のことを「お嬢様」だと表現していたが、その言葉も頷けた。

 絵莉花の礼儀正しい様子を思い返す菜那美。

 また、品があって、挙措動作も洗練されていたように菜那美は感じた。

 そして、予想にたがわず、ルックスも可愛いと菜那美は思っている。

 しかし、そうしたことは言わば枝葉末節で、菜那美にとって最も強く印象に残ったことは、「いい人だなぁ」ということだった。

 実際に話してみて、はっきりと確信できた菜那美。

 あの場では、初対面の衝撃が大きくて、考えを巡らす余裕もなかったが、こうして冷静に振り返ってみると、色々と感じることが菜那美には多かった。

「早乙女君の気持ちが、ホントに痛いほど分かるなぁ」

 思わず呟く菜那美。

 何よりも、絵莉花が良い人だということが、菜那美を苦しめていた。

 智孝が話していたように、菜那美もまた、陸翔の交際相手の性格や素行が悪ければ、幾らでも付け入る隙があるように思えたのだが。

 相手が絵莉花のような人だと、菜那美は「どうすることもできない」と感じていた。

 そしてまた、違う意味でもツラい気持ちになる菜那美。

 それは、「自分がこっそり陸翔とセフレになっていることは、絵莉花に対する裏切りではないのか」ということだった。

 絵莉花が良い人だと分かったことで、そんな思いも菜那美の中に芽生えていた。

「でも……。私だって、陸翔を諦めることなんて、できない……。9年も想い続けてきてるもん……」

 歩きながら独り言を言う菜那美。

 もちろん菜那美も、「陸翔のことを自分の方が長きにわたって想い続けてきた」ということが、さして大きな意味を持たないことは重々理解している。

 長く想い続けている方が、偉いわけでも、優先的に交際する権利があるわけでも、全くないってことを。

 だが、9年もの間、陸翔一筋で来ている菜那美が、陸翔への想いを断ち切ることなど出来ようはずがなかった。

 そして、今さら自らセフレの関係を断ち切ることも、自分には出来ないとはっきり分かっている菜那美。

 恋人になることができなかった現状において、セフレの関係だけが、自分と陸翔を結びつける唯一の生命線だと、分かっていたのだ。

 この関係が失われると、「ただ登下校を共にする友達」になってしまうことが明白だった。

 なので、陸翔の方から切らない限り、セフレの関係は続けていくつもりの菜那美。

 たとえそれが、絵莉花に対する酷い仕打ちになっているとしても。

 どんなに後ろめたさを感じていても。

「でも……。夕凪さんと陸翔が、もっと深い関係になっちゃったら……きっと、私は用ナシになっちゃうんだろうな……」

 うつむいて呟く菜那美。

 そのことが、菜那美には怖かった。

「彼女とはキスすらしていないという現状だからこそ、陸翔は私を必要としてくれてるんだし……」

 溜め息と共に、菜那美はポツリと言った。

 菜那美の気分はどんどん沈んでいく。

 いつしか、菜那美は自宅前へと帰りついていた。

 自分の部屋に入ってからも、菜那美の考え事は続いていく。

 絵莉花から貰ったクッキーを美味しく食べたあと、菜那美は今度は、陸翔との思い出をゆっくり頭に浮かべ始めた。

 陸翔と初めて会ったのは、両親によると生まれた直後らしく、物心つく前だったので、当時の記憶はほとんどない菜那美。

 記憶にあるのは、幼稚園時代以降のことだった。

 幼稚園の頃のことは、かなり記憶が曖昧でおぼろげだが。

 菜那美は目を閉じて、思い出に浸り始めた。

 幼稚園の頃、菜那美は陸翔に対して、まだ恋心は抱いていなかった。

 そもそも恋というものを知らなかった可能性大だ。

 しかし、頻繁に「大きくなったら陸翔のお嫁さんになる」と発言していたことを覚えている菜那美。

 今となっては、そのことを思い出すたびに菜那美は、顔から火が出るほど恥ずかしい思いをさせられるが。

 もちろん、当時は結婚や恋愛について全く知らず、その意味を理解もしていなかったので、単純に「仲良しだから、大人になっても一緒に暮らしたい」程度の気持ちで発した言葉だったように菜那美は思っている。

 陸翔もまたよく分かってなかったようで、「じゃあ、お願い」みたいなことを言っていたのだった。

 それから、小学校に入り、3年生の時に、例の遊園地の一件が起こったのだ。

 菜那美が恋に落ちた、あの出来事が。

 それ以来、陸翔一筋で想い続けてきた菜那美。

 バレンタインに手作りチョコを渡したり、二人っきりで出かけたり、全くアプローチしていなかったわけではない。

 だが、手作りチョコのときは「他の人にも渡したけど」などと照れ隠しで言ってしまったり、「好き」と伝えることはおろか好きだという素振りすら見せなかったり、そうしたことが今から思えばまずかったようだ。

 告白して、もし拒絶されてしまうと、友達関係すら崩れて修復不能となるかもしれないということが、菜那美には怖かったのだった。

 しかし、こうして陸翔に彼女が出来てしまった現状はもっと深刻で、告白するということは、陸翔と絵里花への迷惑になってしまうため、なおのこと告白など出来なくなってしまっている。

 現状を思うと、「なぜ告白しなかったのか。もしダメでも、陸翔ならきっと友達関係をそのまま継続してくれたはず」という思いが頭をよぎり、悔やんでも悔やみきれない菜那美。

 二人で出かける機会も多く、チャンスは幾らでもあったのだ。

 過ぎてしまったことを幾ら悔やんでいても仕方ない、と意識して頭を切り替え、今度は陸翔についてのことを深く考え始める菜那美。

 普段ぶっきらぼうで無口な印象を持たれがちな陸翔だが、その実、すごく優しい人だということを菜那美は誰よりも知っていた。

 恋に落ちた日の、あのお化け屋敷での一件しかり、痴漢から守ってくれたあの一件しかり。

 痴漢に遭ったあの日は、特にそう感じた。

 痴漢だと気づく前から、「気分が悪いのか?」「一緒に降りてやる」といった優しい言葉をかけてくれた陸翔。

 ああいう、時折見せてくれる優しさを思うと、胸がキュンと苦しくなり、菜那美は「陸翔がいい。陸翔でなきゃダメだ」と改めて思うのだった。

 そして、現状のセフレという関係でも、以前までの「ただの幼なじみ」よりはずっといいと思う菜那美。

 菜那美は「たとえ、身体目当てでも、単なる性欲処理の相手と思われていても、かまわない。陸翔のそばにいられるなら」と思うのだった。