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天国の扉

猫好き男子と大人な部長41

 架恋が帰っていったあとの、他には誰もいないガランとした部屋でひとり、高倉は自分の席に座ったまま、考え事を続けていた。

「きっと、近いうちに、石橋君は宮沢君と仲直りして、元気を取り戻すだろう。本当によかった」

 柔らかな笑みを浮かべつつ、思わず呟く高倉。

 実は高倉は、全ての事情を知っていた。

 修馬が長らく、駐車場にてポップを撫でていた期間に、そこを通りかかった高倉は、修馬に声をかけていたのだ。

 架恋に話していた通り、高倉も無類の動物好きなので。

 そこで意気投合した修馬と高倉は、プライベートなことすら腹を割って話し合うほどの仲になっていた。

 二人にとって、「所属する部署が違う」ということが、距離が縮まる大きな理由となっていたといえる。

 もしも修馬が総務部所属ならば、高倉にとって直属の部下ということとなり、そこまで親しくなることはなかっただろう。

 ともかく、そうして修馬と仲良くなった高倉は、修馬が架恋と交際開始したことも、その後のトラブルにより「別れる寸前の状態」になってしまったことも、修馬本人から聞いて知ることとなったのだ。

 なので、トラブル直後に駐車場にて、架恋と修馬が感情的になってしまったあの日、高倉が修馬に「総務部長」ではなく「高倉さん」と呼ばれても平然としていたのも、当たり前のことだったといえる。

 すでに何度も話をしたことのある、親しい仲だったのだから。

「やはり、石橋君が元気でいてくれるのが一番だ。……ところで、僕はいつから、石橋君に惹かれていたのだろう……。去年の夏には、すでに好意を寄せていたかも」

 誰にも聞こえぬほど小さな声で、独り言を言う高倉。

 高倉は、架恋との日々をじっくり思い返していた。

 架恋の真面目な勤務態度や、休憩時間に瑞穂らと話す時に見せていた笑顔、さらには業務として草むしりを一緒にした際に、うっかり怪我をした高倉に架恋がサッとハンカチを差し出してくれたことなどを、じっくりと。

 だが、「上司と部下」という立場が、高倉の心に強力なブレーキをかけていた。

「部下に対して、そういう想いを抱いてはいけない」と、高倉は強く思っていたので。

 だが、修馬が架恋と交際していることを修馬の口から聞く瞬間まで、「自分は、やや暴走気味になっていた」と認める高倉。

 架恋が困っているときは、早めに自分の業務を済ませてでも手伝ったり、大雨の日に「車で送る」と言い出したり。

 修馬から、「修馬と架恋が付き合っている」ということを聞いたときには、一瞬ショックは受けたものの、逆に安心した部分も高倉の心の中にはあった。

 そして、修馬と架恋の交際を影ながら応援することで、高倉は架恋への想いを力ずくでも抑え込もうとしていたようだ。

 二人がトラブル直後にケンカしているところに、たまたま通りかかったときには、傷つく架恋を見かねて、修馬には悪いと思いつつも、自身の車に架恋を乗せて帰ることにはなったが。

「ともかく、僕の想いが彼女にバレなくてよかった。やはり、彼女が元気を取り戻してくれることと、彼女が幸せになってくれることこそ、僕が一番望んでいることだ。昨日は、『話の流れから、仕方なく』とは言え、あんな説教くさい長話をしてしまったけど、嫌がられてなかったかな。まぁ、石橋君は本当に良い子だから、そんなことくらいで人を嫌うわけもないと思うけど。それでも僕は、石橋君がどうにか宮沢君との仲を元通りに戻してほしくて仕方ないからな……。ついつい余計なことを言ってしまったかも。……それにしても、篠宮君は色々な意味で大物だな。その名が、全く無関係な僕の耳にまで入ってくる時点で、すごいと思う。あのバイタリティを全て仕事に向けてくれれば、うちの社にとっても大いにプラスになるんだけど」

 そう小さく呟くと、高倉は目を閉じる。

 高倉は、修馬に深く同情していた。

「酒は時に大きな過ちのもととなるからな。僕も十分に気をつけなければ。あとは、石橋君が宮沢君を許すかどうかだけど……きっと許すはずだと僕は信じて疑わない。本当に優しくて良い子だからな。ぜひ、二人で幸せになってほしい。…………さてと、僕も帰り支度をするか」

 そう言うと、高倉は立ち上がった。