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天国の扉

猫好き男子と大人な部長37

 翌月曜は、終業時間まで、架恋や瑞穂にとって何の変哲もない一日だった。

 ところが、会社を出たところで、先日のお昼休みと同じく、修馬とばったり出くわした二人。

 挨拶を交わした後、修馬が言いにくそうに言った。

「二人ともお疲れ様……。駅まで、俺も一緒に帰ってもいい?」

 すると、瑞穂が大きな声をあげる。

「あちゃー、二人ともごめん! 今の今までド忘れしてたけど、ちょっとこの後急ぎの用事があるんだった! 今から走るから、今日のところはこれで失礼するね! 架恋、また明日。宮沢君も、またね」

 そう言って手を振ると、ダイナミックな走りのフォームで、瑞穂は走り去っていった。

 瑞穂が気を利かせてくれたことがあまりにも見え見えで、思わず苦笑して顔を見合わせる架恋と修馬。

 しかしすぐに、二人の現在の関係を思い出したのか、二人の顔から笑顔が消えた。

 それでも、沈黙を避けるためか、当たり障りのない話題を振ってくれる修馬。

 もう全く修馬に対してわだかまりを感じていない架恋は、時折本気で笑っていた。

 そうこうしているうちに、あっという間に駅が二人の前方に姿を現す。

 二人は引き続き、たわいもない雑談を続けながら、ホームを目指して歩いていった。

 翌朝、出社した架恋は、挨拶の直後から、瑞穂による質問攻めを受けた。

 ありのままに、「おしゃべりしただけで、何も変わりはなかった」と答える架恋。

 瑞穂は露骨にがっかりした様子を見せて言った。

「架恋の気持ちは分かるけど、いつまでもそんな宙ぶらりんの状態じゃ、架恋も宮沢君もツライでしょ。宮沢君のほうから、『また元通りの関係に戻ろう』って、もう言ってこないの?」

「うん、多分なんだけど……修馬君は気を遣ってくれてるんだと思う。しばらく連絡を控えてくれてたのも、そういうことかと……。昨日は一緒に帰ったあと、メールも来たよ。内容は、たわいもないものだったし、私も普通に返事したよ」

「うーん、架恋の方から切り出すのは、架恋の性格からして難しいのかもねぇ。私なら、とっくに切り出してるけど」

 もしも瑞穂が自分の立場だった場合を想像し、架恋は同意して頷いた。

「じゃあ、今度、宮沢君から『許して。また元通りに付き合ってほしい』って言われたら、ちゃんと返事しなくちゃダメだよ。そこでも返事ができないようなら、もう別れるべきだぁ! このままはっきりしない状態でズルズル行くことは、架恋だけじゃなく、宮沢君もツライわけだから」

「うん、分かってる。瑞穂、ありがとうね」

「私は何もしてないよ。さーて、今日も頑張りますか! そうそう、昨日のドラマ、見た?」

 その後は、始業時刻まで、二人はたわいもないおしゃべりをして過ごした。

 その日の終業時間後、周りから少し遅れて帰り支度を進める架恋と瑞穂のもとに、高倉が近づいてきて言った。

「今日は駅前のショッピングモールに用事があるんだけど……二人もこれから帰りだよね? よかったら、私の車でお送りしようと思うけど、どうかな」

 突然の申し出に、目を丸くする架恋と瑞穂。

 だが、すぐに気を取り直した様子の瑞穂が答えた。

「うわぁ、今日はせっかくのお誘いなのに、すみません! 今日はちょっと郵便局に用事がありまして!」

 このことは、瑞穂がお昼休みの時点で既に架恋に話してくれていたので、決して嘘ではなかった。

 表情を全く変えずに、高倉が言う。

「駅前にも郵便局はあるよね」

「ですが、営業時間が微妙に違ってて、駅前の郵便局はもう閉まってるんですよ~。でも、駅とは逆の方向にある郵便局は、19時まで開いてるんで、そこに行きたくて」

「なるほど、そういうことだったか。じゃあ、倉本君は急いでいるんだね……いちいち突っ込んで聞いてしまって申し訳なかったよ」

「いえいえ、とんでもない。ではでは、部長、架恋、また明日です!」

 そして、挨拶を交わした後、瑞穂は足早に部屋を出て行った。

 すでに部屋に残っているのは、いつの間にか架恋と高倉だけになっている。

 高倉が聞いてきた。

「石橋君も、何か用事が?」

「いえ、私はこのまま帰るだけです。でも……そんなに何度も送っていただくなんて……申し訳なくて」

「どっちみち、駅前に用事があるんだから、気にすることはないよ。石橋君さえよければ、送っていくよ」

「で、では……お言葉に甘えまして……」

「うん、了解。それでは、車のところまで向かおうか」

 そして二人は消灯や戸締りを確認してから、部屋を後にして駐車場へと向かった。