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天国の扉

猫好き男子と大人な部長34

 修馬はひとり、とぼとぼと駅へと向かっていた。

 下を向くと涙がこぼれそうなので、唇を噛み締めて空を見上げる。

 朝よりは黒雲の量が減ったように見えたが、それでも空全体を雲が覆っていることは変わらず、いつ雨が降り出してもおかしくないように見える。

 心の中で、「本当に泣きたいのは架恋だよな。何やってるんだ、俺は」と呟いていた。

 架恋がすでにリングを指にはめていないことや、メール等に返事を貰えないことに対し、密かに心を痛めていた修馬。

 しかし、修馬は自分が悪いと分かっていたので、ひたすら自分を責めることしかできなかった。

 それでも、修馬は全ての希望を失っていたわけではない。

 架恋からまだはっきりと別れを切り出されていないからだ。

 それに、架恋が電話番号やメアドを変更したり、修馬からの連絡を拒否する設定に変更したりしていなかったこともまた、修馬にとっては僅かな救いだった。

 このまま架恋を失ってしまうかも、と想像するだけで、一気に血の気が引く修馬。

 修馬は過去に何人かの女性と交際した経験があるが、ここまで一人の相手に夢中になったのは生まれて初めてのことだった。

 それだけに、今回の事は本当に痛恨事だったといえる。

 だが、修馬には篠宮を責める気は起きなかった。

 何より、「自分の脇が甘かったから、こういうことになった」「こうなったのは誰の責任かといえば、篠宮ではなく、自分の責任」と修馬は自覚していたので。

 それにまた、「篠宮とはそういう人だ」と、とっくに分かっていたことも、彼女を責める気にならない理由の一つのようだ。

 実際、昨年、営業部の同僚同士が交際寸前まで漕ぎつけていたところを、篠宮がぶち壊しにしたという出来事もあったので。

 なので今回の件も、「篠宮の動機は、自分に好意を抱いているからではなく、ただただ幸せそうな人が身近にいることを嫌って、その幸せをぶち壊そうと思ってのことだろう」と想像する修馬。

 こんなことをされて、修馬が篠宮に好意的な感情を示すはずがないと、篠宮自身も分かってるはずだ……と、修馬は思っていた。

 もっとも、「なんて酷いことをする人なんだ」と、篠宮を深く軽蔑する気持ちは、修馬にも多分にあったが。

「時間を戻せるなら、一昨日の夕方に戻してほしい」

 思わず、ボソッと独り言を言う修馬。

 酒には強いと思い込んでいた修馬にとって、まさかあんな泥酔状態になってしまうなんてことは、予想だにしていない出来事だった。

 ふと、修馬の視線が、自分の右手にとまる。

 薬指に輝くリングを見て、再び涙が出そうになった修馬は、グッとこらえた。

 とにかくしっかり差し向かいで話し合いたい、と願う修馬。

 架恋から許してもらえるのかどうかは分からなかったし、その自信も皆無だったのだが、それでも僅かな可能性に賭けたいと修馬は思っていた。

 そうこうしているうちに、修馬は駅前までたどり着いていたようだ。

 取引先での仕事が早めに済んだので、架恋と話すためにあえて会社まで戻ってきたのだが、ほとんどまともに話せないままに終わったという状況だった。

 食欲が全く湧かないので、「お昼は飲み物だけでいいや」と考える修馬。

 そして、駅の構内へ足を踏み入れながら、修馬は「帰りに、また会社に寄ろう。どうしても架恋と話がしたい」と考えていた。