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天国の扉

猫好き男子と大人な部長32

 車が架恋のアパート前にて、速度を緩める。

 架恋が空元気を出しながら言った。

「送っていただき、本当にありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

 その後、高倉はまだ何か言おうとしたようだったので、その言葉を待つ架恋。

 しかし、高倉は柔和な表情に戻り、「また明日」とだけ言った。

 架恋も同じく挨拶を返す。

 高倉は軽く手を振ると、ゆっくり車をUターンさせ、走り去っていった。

 部屋でひとりになると、架恋の頬を涙が伝った。

 心の痛みを少しでも忘れるため、化粧を落としたり、着替えたり、洗顔したり、慌しく動き回る架恋。

 それでも、ややもすると考えは修馬のことに及び、架恋を嗚咽(おえつ)させた。

 部屋の真ん中にポツンと座り、架恋が呟く。

「どうして、私とお付き合いしてくれた人って、みんな浮気するんだろう……。やっぱり、私に魅力がないからかな……」

 そろそろ夕食をとってもおかしくない時刻になってきているにも関わらず、架恋には全く食欲がなかった。

 それでも、何も食べないと身体に悪いので、冷蔵庫に向かう架恋。

 そして架恋は、こういうときのために残しておいた、エネルギーや栄養を補給するためのゼリー飲料を取り出し、蓋を開けた。

 ゼリーを吸いながら、架恋は再び考え事を再開する。

 そんなとき、右手薬指にはめているリングが目に入った。

 灯りを受けて光るリングを見ていると、架恋はますます悲しくなってくる。

 花火大会のあと、二人っきりで夜景を見たときのことを、架恋はなぜか思い出していた。

 お互いのリングを見せ合った、あのときのことを。

「週末、あそこに行こうかな……。このリングを見るたび、修馬君のことを思い出してしまうから……お別れしないと」

 独り言を言ってから、ゼリーを最後まで喉に流し込む架恋。

 今の架恋には、その味は全く感じられなかった。

 中身を飲みきって薄くなった容器をゴミ箱に投げ捨てると、架恋は大きな溜め息をつく。

 架恋は週末に、一人であの公園を訪れ、あの場所でリングを投げ捨てることを心に決めた。

 リングがある限り、修馬への想いを吹っ切れないということは、架恋にとっては間違いないように思われたので、架恋の決心は固い。

 するとその時、架恋のスマホが音を立てた。

 そこに出た「修馬君」の文字に、動揺を隠せない架恋。

 修馬から電話がかかってきたのだ。

 しかし、架恋には出ることができなかった。

 何度もためらって、「話だけでもしようかな」という迷いが生じたものの、そのたびに浮気のことや篠宮のことを思い出し、首を振る。

 かなり長く鳴り続けたが、電話はやがて切れた。

 ホッとする反面、「本当にこれでいいのかな」とも思う架恋。

 ふと、修馬と過ごした楽しい想い出が甦ってきて、架恋は再び咽び泣いた。

 そんなとき、架恋は瑞穂の事を思い出し、すぐに電話することに。

 今の架恋にとっては、瑞穂だけが全てを包み隠さずに話せる相手で、唯一の心の支えになっていた。

 翌日の空は、灰色の雲に覆われていた。

 まるで、架恋の心の中とシンクロするように。

 架恋としては、修馬が営業部なので仕事中に会う機会が滅多にないことを、今となっては「不幸中の幸い」と捉えていた。

 会うのが怖くなっていたのだ。

 しかし、「まだちゃんとお別れを言っていないから、きっちり言うべき」とも思う架恋。

 昨日から何通もメールやLINEのメッセージが修馬から届いていたようだが、一切中身は見ていなかった。

 電話と同様に、「返事するかどうかはともかく、読むだけは読んでみようか」と何度もためらった末の結果だが。

 瑞穂は、架恋を気遣うように、休憩時間にはいつも以上によく話しかけてきてくれた。

 もちろん、修馬についての話題などは避けつつ。

 昨日の電話で、瑞穂には全ての事情を話しておいた架恋。

 瑞穂は「すぐに別れた方がいいよ。別れのメールを送るべし」とアドバイスしてくれたが、もはやメールする気力も出ないほど疲弊していたので、まだうやむやになったままだった。

 架恋を心配する瑞穂は、昼食をまた一緒にとることを提案する。

 お弁当を作る気力もなく、何の予定もない架恋にとっては、断る手はなかった。