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天国の扉

猫好き男子と大人な部長31

 駐車場に下りてこようとしていた人と、危うくぶつかりそうになった架恋。

 その人は、高倉だった。

 架恋は思わず立ち止まると、涙を拭いて言う。

 声の震えはどうすることもできなかったが。

「ぶ、部長! し、失礼しました……!」

「石橋君! どうしたんだ?!」

 架恋のただならぬ様子を見て、驚きの声をあげる高倉。

 高倉は続いて、少し離れた場所にて凍りついたように立ち止まる修馬の姿を見出した。

 言葉も出ない修馬に対して、落ち着いた声で高倉は声をかける。

「宮沢君、久しぶりだね」

「高倉さん……どうも。あの……」

 修馬の目はせわしなく泳ぐ。

 修馬と同じく、動揺を隠せない架恋もまた、言葉を失っていた。

 すると、高倉が言う。

「そういえば、石橋君。今日はかなり調子が悪そうだったね。今も本当に具合が悪そうだ……。心配だから、駅前まで送らせてくれ」

 架恋は、「え? でも……」と言って目を伏せる。

 だが、高倉は譲らない。

「宮沢君と一緒に帰るところだったのなら、二人とも一緒にどうだろうか。それとも、私の車には乗りたくない?」

 架恋は誤解されたくないため、慌てて答える。

「そんなことは決して……!」

 しかし、修馬は先ほどより幾分か冷静な顔つきで言った。

「せっかくのご厚意ですが、俺………いや、私は少し寄るところがあるので、これで。では、また」

 そう言うと、修馬は足早に屋外へと出て行った。

 あっという間に修馬の姿が見えなくなると、高倉が言う。

「迷惑じゃなかったかな?」

「い、いえ、そんな……迷惑だなんて……」

「ならいいんだけど。では、車のところまで行こうか」

 頷く架恋を後ろに引き連れ、高倉は自分の車が停めてある駐車スペース目指して歩き始めた。

 助手席に架恋を乗せ、高倉の車はゆっくりと駐車場から細い路地へと出た。

 前回と違い、今日は雨が降っていない。

 しかし、天気とは裏腹に、架恋の心の中は土砂降りだった。

 すぐに口を開く高倉。

「石橋君さえよければ、家までお送りするよ」

「え?! でも……そんな……。申し訳ないですよ……! 車でも1時間弱はかかると思いますし」

「私は今日はもう何も予定がないし、それに何よりも、石橋君のことが心配でね。今日は終始、うつむき加減で元気がなさそうだったから」

 総務部の女子社員のほとんどが憧れを抱いている高倉部長の車の助手席に乗せてもらっているばかりか、そんな風に様子を見ていてもらえていたと知り、「望外の幸せ」だと感じる架恋。

 しかし、架恋の心の中は、高倉のことよりも修馬のことに、その大部分を占められていた。

 心から信頼していた修馬に、手ひどく裏切られた悲しみに。

 もっとも、傷が真新しすぎて、架恋にとっては、まだ少しも心の整理がついていない状態だった。

「気にかけてくださって、ありがとうございます。ちょっと今日は調子が良くなくて……。部長さえよろしければ、お言葉に甘えさせていただきますね……」

「うんうん、気にしなくてもいいからね。申し訳ないんだけど、ナビを操作してくれるかな。石橋君のおうちを行き先に入力してくれれば、ありがたい」

「あ、はい」

 架恋はカーナビを操作した。

 架恋が操作を終えたとき、顔は真っ直ぐ前を向いて運転に集中しながら高倉が言う。

「多分こういうことを言うのは、あまり褒められたことではないんだろうけど……。何か悩み事があるなら、いつでも私に言ってくれていいからね。もちろん、言いたくないようなことは、一切言わなくていいから」

 架恋はすぐに、修馬とのことについて高倉が心配してくれているんだと理解した。

 その上で、気遣いからか直接的には聞いてこない高倉に対して、感謝と尊敬の気持ちが湧いてくる架恋。

 やはり高倉は人間的にも尊敬できる人だ、と架恋は改めて思うのだった。

「お気遣い、本当にありがとうございます。その……今は色々ございまして、私自身あまり心の整理もついていないのですが……落ち着いたら、ご厚意に甘えて、ほんの少しお話させていただくかもしれません……。せっかく気にかけていただいているのに、こんな言い方をするなんて……何だか上から目線みたいで、本当にすみません!」

「いえいえ、気にしなくていいからね。ただ、私にできることがあれば、何でも言ってほしいって思って」

「部長はお優しいですね」

「え、いや、そんなことは……」

 照れたのか、うろたえたのか、突然口ごもる高倉。

 架恋がこっそり確認すると、ほんの少しだが高倉の顔色が赤くなっている気がした。

 しかしそれも一瞬のことで、すぐに元の口調に戻って、高倉が言う。

「石橋君の元気が早く戻ることを、願っているよ」

「ありがとうございます……」

 部下思いの良い上司に恵まれたと、つくづく感じる架恋。

 その後は気を遣ってか、趣味の話などたわいもない話題を持ちかけつつ、高倉は架恋のアパートを目指して車を走らせ続けた。