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天国の扉

猫好き男子と大人な部長28

 いつものカフェのいつものテーブルに席を占める二人。

 注文を済ませてから、瑞穂が言った。

「あのね」

 やはり元気がないのか、いつもは多弁な瑞穂が珍しく言葉を切った。

 慎重に言葉を選んでいるような様子だ。

 架恋は「何かな」と言い、それとなく先を促した。

 瑞穂が言葉を続ける。

「あくまでも噂だし、私はあまり信じる気もないんだけど……」

「ああ、篠宮さんの……?」

「え?! 架恋も知ってたの? そっか、道理で朝から元気がないと思ってたんだ……」

 架恋は、午前中に偶然お手洗いにて耳にした噂話のことを、瑞穂に話した。

 その内容は、瑞穂が聞いたものとも概ね一致しているようだ。

 瑞穂が言った。

「嘘だと思うし、馬鹿馬鹿しい話なんだけど……。宮沢君の態度はいつも通りなんでしょ?」

「それが……。昨日は営業部だけの飲み会があったみたいで、メールはしたんだけど今のところ返事がなくて……。最後に連絡を取ったのは一昨日かな」

「そっか……。そして今日、そんな噂を耳にしたわけね。でも、宮沢君はさっさと返事くらいすべきだと思うな。いつもそんな感じなの? 返事をなかなかくれなかったり?」

「ううん、いつもは割とすぐに返事をくれるんだけど……。だから、ちょっと心配になって……」

 架恋は自分の不安を、包み隠さずに話した。

 瑞穂は架恋にとって、隠し事をすることもなく、素直に自分の気持ちを伝えることができる数少ない親友なので。

 瑞穂が急に、いつもの張りのある声に戻って言った。

「だったら、はっきりさせた方がいいね。LINEかメールで、また連絡を取ってみたら? 『飲みすぎてないか、心配してるよ。大丈夫?』とか、無難な入り方でいいじゃん。もし終業時間までに返事がないようなら、電話するのもいいかも。とりあえず、このまま宙ぶらりんの状態で待ち続けるのは、架恋としてもつらいでしょ」

「うん……たしかに……」

 何度もしつこくこちらから連絡を取ることに気が進まない架恋だったが、瑞穂にこう言われると、「この場合は仕方ないかも」と思えてきた。

 瑞穂がなおも言う。

「じゃあ、『善は急げ』だ~! 今すぐ、メールかLINEを送ってみよう!」

「うん、そうする」

 架恋は今度はLINEでメッセージを送った。

 瑞穂に言われたような、当たり障りのないメッセージを。

 すると、ちょうどそのとき、二人が注文したランチセットが運ばれてきた。

 瑞穂が笑顔で言う。

 まるで、架恋を元気付けようとするように。

「じゃあ、とりあえずは返事待ちだね。さぁ、食べようよ」

「うん」

 二人は「いただきます」と言ってから、たわいもないおしゃべりをしつつ、昼食をとった。

 二人が食べ終わってカフェを後にし、会社に戻ったとき、架恋のスマホが音を立てた。

 すぐに確認する架恋。

 それは待ちに待った修馬からの返信だった。

 ちょうど到着したエレベーターに、瑞穂と一緒に乗り込みながら、架恋は逸る気持ちを抑えてメッセージを見る。

 そこには、「心配をかけてごめん。あまり体調も優れず、返事が遅れた。今日、仕事終わりに時間あるかな? 話したいことがあって」と書かれていた。

 すぐに「もちろん大丈夫。また駐車場で待ってる」と打つ架恋。

 その返事はすぐには来なかった。

「話したいこと……何だろう……」

 ますます不安に襲われる架恋は、思わずポツリと呟く。

「え? どういうこと?」

 心配そうに尋ねてくる瑞穂に、架恋は修馬とのやり取りの大体の内容を口頭で伝えた。

 聞き終わると、架恋と共にエレベーターを出ながら瑞穂が言う。

「それだけでは何も分からないね。もしかしたら、今日広まってるその噂について、宮沢君も既に聞き及んでいるのかも。それで、『全くのデタラメだから、真に受けないで』って説明したいんじゃないかな」

 架恋は、「それならどうして、今の返信で一言でも触れていないんだろう」と思ったが、口には出さずにただ「うん、そうかも」とだけ答えておいた。

 二人並んで歩きながら、瑞穂がさらに言う。

「とりあえず、返事が来てよかったね! 気にしていても仕方ないから、気を取り直して午後も頑張ろう!」

 架恋は「うん」と答えたが、再びその心を不安と心配に支配されていた。

 すると、またしても架恋のスマホが音を立てる。

 修馬から「了解。待ってて」という返事が届いていた。