スポンサーリンク
天国の扉

猫好き男子と大人な部長27

 立ち聞きしている後ろめたさが一瞬にして吹き飛んだ架恋。

 頭が混乱しつつも、架恋は息を呑みながら続きを待った。

 もう一方の女子社員が、心底驚いたような声色で言う。

「うっそ?! 篠宮さんって、ぶりっ子の人でしょ。……あれ? でも噂では、宮沢君って、総務の子と付き合ってるってことじゃなかったっけ?」

「そうそう、石橋さんね。私は石橋さんとも話したことがあるんだけど、すごく良い人だったよ。でね……」

 褒められた架恋だったが、話の先が気になりすぎて、全く嬉しさは湧いてこなかった。

 心の中で、「どういうことなの?!」と叫び続ける架恋。

 最初に話しかけた方の女子社員が、言葉を続ける。

「宮沢君と石橋さんが交際してるっていうその噂、真偽の程は不明だけど……。もし本当だとすると、宮沢君は酷いよね。二股ってことになるじゃん」

 個室内で聞いている架恋の頭は真っ白になってきた。

 そんな架恋にはおかまいなしに、会話は続いていく。

「宮沢君はそんなことする人には見えないけどな。多分きっと、『篠宮さんとの深い関係』ってのが、デマなんじゃない?」

「でもね、営業部にいる私の友達から聞いたんだけど、その子は『速報!』って言っててかなり自信ありそうだったよ。もし全て本当だとすると、石橋さんがかわいそう……。二股だとすると、私はかなり宮沢君には幻滅だなぁ。もっとも、石橋さんと付き合ってるっていう噂自体が、怪しいもんだけどね。少なくとも私は、本人たちから直接聞いたこともないし」

 架恋は「私と付き合ってくれてるっていうところは事実なのに」と思いつつ、「その速報とやらが嘘であってほしい」と切に願った。

 すると、突然、二人の話し声が小さくなる。

 どうやら、その二人がお手洗いから出て行ったらしく、声も遠のいていったようだ。

 半ば呆然としながらも、冷静さを取り戻してきた架恋は次第に「デマに違いない」と思い始めていた。

 修馬と付き合う以前、「少しチャラいところがある」「女性関係が奔放」などという噂に惑わされていた時点の架恋なら、すぐにこの新たな噂を鵜呑みにしていたかもしれない。

 しかし、交際を開始して、修馬の人となりが十分に理解できてきた現在では、「彼がそんなことをするはずがない」とはっきり思えるようになっていた。

 それでも架恋の心に、一抹の不安が残ったのには理由がある。

 過去に付き合った男性たちもまた、修馬のような誠実さを架恋は感じていたのに、結果的には浮気をしたからだ。

 だからといって、修馬をまるで信用していないわけではなかったが、それでも過去の苦い想い出から、架恋が不安を感じてしまうのは致し方ないことだった。

 半ばぼんやりしながら、お手洗いを後にする架恋。

 廊下の窓からは、澄み切った青空が見えていた。

 その後も修馬から連絡はなかった。

 気になって気になって仕方ないものの、やはりあまり執拗にメールをする気分にはなれない架恋。

 そもそも、そんなに心配するという事実が、自分が修馬をあまり信用していない証拠のような気がして、気が引けていたというのも、修馬に電話やメールをできなかった理由の一つだ。

 架恋は気分を落ち着けるため、仕事に集中することにした。

 一心不乱に働き続けることで、不安や心配をかき消そうと。

 そしてお昼休み、相変わらず修馬からの連絡は来ず、架恋は気を揉むばかりだった。

 向こうから返事さえあれば、それとなく状況を聞きだせるのに、と思う架恋。

 すると、いつも元気いっぱいの瑞穂が、どこか神妙な顔つきをして近づいてきて言った。

「架恋、今日はお弁当?」

「あ、ううん。カフェで食べようかと思ってて」

「それなら、一緒に行こうよ」

 あまり食欲がなかった架恋だったが、何も食べないわけにもいかないので、「うん」と快諾する。

 こころなしか、自分だけではなく瑞穂までも元気がなさそうに思えて戸惑いながらも、架恋は瑞穂と連れ立って、行きつけのカフェへと向かった。