スポンサーリンク
天国の扉

猫好き男子と大人な部長24

 それから僅か数日後の午前中、仕事の用事で資料室へと向かっていた架恋は、不意に背後から呼び止められた。

 振り向くと、そこにいたのは丸岡だ。

「石橋さんだったよね。人事部の丸岡です、覚えてるかな?」

「ええ、もちろん。その節はお世話になりました」

 すぐに軽く一礼する架恋。

 ところが、丸岡はどこか深刻そうな表情で言った。

「いえいえ、こちらこそあのときはありがとう。ちょっと急いでてあまり時間もないから、単刀直入に言うけど……。営業の篠宮って子、覚えてる?」

「ええ、つい先日もお会いしました」

「余計なお世話で、お節介だと自分でも分かってるんだけど……あいつには気をつけてね」

「え?」

 架恋は言われた意味がさっぱり分からなかった。

 依然として真剣な表情で丸岡は続ける。

「私事で申し訳ないんだけど……1週間ほど前から、俺にも彼女ができて。そのことを篠宮に言ったら、あいつそっけなく『じゃ』って言って立ち去って、それ以来連絡してこないんだ。誤解される前に言っておくと、そのことで決して寂しがってるわけじゃなくて、むしろその逆。『ついに篠宮から解放されたぞ』って、俺としてはせいせいした気分なんだけど、心配事があってね。あいつは必ず、知り合いの男に狙いを定めて、ちょっかいをかけてくるんだけど……俺が解放されたってことは、別の人に被害が及ぶことを意味しているからね」

 ここで言葉を切る丸岡。

 架恋は、丸岡の意図をすでに読み取っていた。

 すでに、架恋と修馬が付き合っていることは、噂になっているようなので、丸岡が知っていてもおかしくない。

 なので架恋は、「自分と修馬君との関係を知った上で、丸岡さんは修馬君の心配をしてくれているのだろう」と思った。

「ご忠告ありがとうございます。気をつけますね」

 架恋の言葉を聞き、丸岡の方も「全て伝わった」と思ったようで、少し表情が柔らかくなった。

「いえいえ。呼び止めて悪かったね。それでは、またね」

「はい、また」

 丸岡は会釈の後、足早に立ち去っていく。

 架恋も再び資料室に向かって歩みを進めながら、心の中で修馬の事を心配していた。

 8月初旬のある日の午後6時半、架恋は浴衣を着て、いつものショッピングモール前にいた。

 私服姿の修馬と一緒に。

 なぜ浴衣なのかというと、この日は職場の近くにて、そこそこ大規模な花火大会が開催されるからだ。

 5時に仕事を終えた架恋は、大急ぎで帰宅して浴衣を着てから、修馬と一緒に再びショッピングモール前まで出てきたのだった。

 さすがにこの時間になると、屋外でもかなり涼しく感じられる。

 そして、ショッピングモール前も、黒山の人だかりができていた。

 架恋と同じく、浴衣を着た女性もちらほら見受けられる。

 ほとんどの人々が、花火大会目当てであることは歴然としていた。

 空にはようやく夕闇の気配が漂い始めている様子だ。

 修馬が時計を見ながら言った。

「うん、あの店に寄ってから、花火の観覧席へ向かうと、ちょうどいい時間だね」

 修馬の言う「あの店」とは、ペアリングを注文してあるジュエリーショップのことだ。

 先日、ペアリングが受け取り可能になったという連絡を、修馬が受けていたのだった。

 そしてこの日、花火を見る前にお店に寄って受け取る計画を立てたわけだ。

 架恋は元気良く「うん」と答えると、修馬と手を繋ぎ、店へと向かった。

 数分後、連れ立ってジュエリーショップを出てきた二人の右手薬指には真新しいリングが光っていた。

 そのリングをしげしげと見つめて、嬉しそうに架恋が言う。

「ホントにありがとう! こういうの、ものすごく恋人っぽい!」

「だよな。喜んでもらえてよかったよ。俺もすごくテンションが上がった」

 修馬も右手を顔の前に出し、その銀色のリングを眺めている。

 二人の顔は喜びで輝いていた。

 すると、再び時計を見ながら修馬が言う。

「さてと、そろそろ予約してある席へと向かわないとな」

「有料観覧席を2席も……かなりお値段は高かったでしょ? ごめんね」

「気にするなって。その分、目いっぱい楽しまないと損だぞ」

「うん、ありがとう! じゃあ、行こっか!」

 二人は手を繋ぐと、観覧席へと向かって歩き出した。

 先ほどよりもいっそう暗くなった空を時折見上げながら。

 そして、午後7時半、ついに一発目の花火が夜空に打ち上げられた。

 数分前に無事、予約席へとたどり着いていた架恋たちも、周りと同時に歓声をあげる。

 すでに辺りは真っ暗となっていたので、なおさら夜空に上がる花火の煌きが明るく感じられた。

 時々、隣の修馬の様子をうかがう架恋。

 修馬の端正な顔が、花火を見てほころぶ様を、架恋は幸せな気持ちで見つめていた。