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天国の扉

猫好き男子と大人な部長23

 しばらくして身体を離した二人が、後始末をしていたところ、修馬のスマホが鳴った。

 すぐに確認する修馬だったが、画面を見た途端、渋い顔をする。

 架恋が尋ねた。

「どうしたの? 誰から?」

「噂をすれば何とやら、だよ。昼間、話してた例の危険人物」

「えっ、連絡先を教えてるの?」

「俺も教えたくなかったよ。でも、あの人が飲み会の幹事をしたときに、無理やり交換させられて。はぁ、出ないわけにはいかないからな……。ちょっと、ごめん」

 修馬はそう言うと、渋々といった様子で電話に出た。

 明らかにテンションの低い声で、「もしもし」と言う修馬。

 その後も、「うん」や「それはちょっと……」など、気のない言葉ばかり繰り返していたが、やがて痺れを切らした様子で、修馬が尋ねた。

「で、用件は何?」

 その後、再び何か先方が話したようで、しばし修馬は黙ったが、程なく「じゃあ、また」と言って電話を切った。

 もの問いたげな架恋の様子を見て、修馬が言った。

「結局、今こうして電話するほどの用事ではなかったよ。どうせ、そんなことだろうと予想してたけど」

「あれ? さっき、篠宮さんはもう修馬君にはあまり付きまとわなくなったって言ってたんじゃ……」

「そう、そのはずだった。でも、あの人は気まぐれなところがあるからね。とにかく、もう関わってほしくないな。さぁ、あの人の話題はもうやめよう」

 そして二人は後始末を終えると、服を着た。

 梅雨明けが発表された日の午後5時過ぎ、架恋は修馬と一緒に会社を出た。

 どんよりと曇った空を見上げて、修馬が呟く。

「梅雨明けしたとは思えない灰色の空だな。梅雨明けって、いったいどういう基準で発表されているんだろ」

「ホントだね」

 修馬とともに、憂鬱そうに架恋も空を見上げる。

 そのとき、駐車場の方からニャーと、猫の声が聞こえた。

 架恋と顔を見合わせ、嬉しそうに修馬が言う。

「あ、きっとポップだ! 行ってみよう!」

 架恋ももちろん二つ返事でOKし、一緒に駐車場へと向かった。

 駐車場に入るとすぐ、片隅で寝そべるポップの姿が二人の目に入った。

 すぐさま駆け寄った二人は、ポップのそばにかがみ込む。

 早くも、その柔らかな毛並みを撫で始めながら、修馬が言った。

「ポップ~、梅雨明けしたとはいえ、今にも降り出しそうなこんな日に出歩いちゃダメだろ」

 ポップは気持ち良さそうに目を細め、ゴロゴロと喉を鳴らす。

 そんな様子を見て、修馬と一緒に撫でつづけている架恋の顔もほころんだ。

 そんなときだった―――。

「あっ、いたいた~!」

 二人の背後、ついさっき二人が降りてきた出入り口の方から、女性の声がした。

 すぐに振り返る二人。

 そこにいたのは篠宮だった。

 思わず修馬を見る架恋。

 よくよく見ていないと気づかないほど、ほんの一瞬だけ苦い顔をした修馬だったが、次の瞬間には真顔に戻っていた。

 大げさに手を振りながら、篠宮は二人のもとへと駆け寄ってくる。

 嫌そうな表情ではないが、かといって笑顔を見せるでもなく、修馬がそちらを向いて言った。

 架恋と一緒にかがみ込んだ体勢のまま、立ち上がることもなく。

「篠宮さん、珍しいね」

「今日は宮沢君が早めに会社に戻ってるって聞いて、大急ぎで戻ったよぉ」

 修馬が無表情で、愛想のない様子をしているにも関わらず、全く気にする素振りもない篠宮。

 架恋は少し居心地が悪く感じられたので、ポップを撫でる行為に集中することにした。

 篠宮はそんな架恋やポップには見向きもせず、修馬に向かって話し続ける。

「じゃあ、一緒に帰ろうよ! 駅まで歩くんでしょ」

 これを聞いた修馬はさすがに呆れ顔をした。

「篠宮さんだって、俺が架……石橋さんと付き合ってること、知ってるはずだろ。よくそんな誘いがかけられるな」

 こう言われても、微塵も動じない篠宮。

「え~、別に一緒に帰るだけなら、いいでしょ? ね、石橋さん?」

 篠宮はこれみよがしに両手を合わせて、架恋に尋ねる。

 突然、話を降られて一瞬戸惑った架恋だったが、それでもきっぱりと答えた。

「あ、今日は宮沢君と一緒に、ちょっと寄るところがありますので……」

 これは別に嘘でも何でもなく、架恋と修馬は、駅前の例のショッピングモールに立ち寄ってから帰る予定だったのだ。

 しかし、篠宮の機嫌は、目に見えて悪くなった。

 微笑みを引っ込め、じろりと架恋を見やり、篠宮がなおも言う。

「じゃあ、私も一緒に……」

 ここで、堪忍袋の緒が切れたのか、修馬が毅然とした態度で言った。

「いや、今日はちょっと色々あって。篠宮さんにはホント申し訳ないけど、別の日にしてくれるかな?」

「はい、分かりました。じゃあ、宮沢君、石橋さん、またね」

 明らかに憮然とした様子で言い捨てると、軽く手を振ってから、篠宮は引き返していった。

 修馬は黙ったままだったが、架恋は「それでは、また」と、篠宮の遠ざかってゆく背中に向かって言う。

 そしてすぐに、篠宮の姿は二人の視界から消えた。

 すると、大きな溜め息とともに、修馬が言う。

「ホント、どういうつもりなんだ、あの人……。最近、その丸岡さんって人に、ターゲットを移したんじゃなかったのかな。俺が架恋と付き合ってることを知ってて、こんな風に干渉してくるなんて、常識知らずもいいとこだね」

 苦虫を噛み潰したような表情の修馬。

 架恋としても、篠宮に対してはあまり良い印象は持っていなかったが、それでも、陰口が嫌いなので、一応フォローはしておくことに。

「もしかしたら、だれかれ構わずに、ああいう態度を取られてるんじゃない? 私たちの知らないところで」

「まぁ、その可能性は否定できないな。あの人のことなんか、知りたくもないし、知ろうとも思わないけど。でも、ここ1週間ほどはホント、俺に対してストーカーレベルにちょっかいをかけてきてるよ。こないだ、あの人がどうでもいい用件で電話をかけてきたとき、架恋も確か俺のそばにいたよね」

 架恋はそのときのことを思い出し、「うん」と答える。

 修馬はまた一つ、深い溜め息をついた。

「ホント、あの人には困ったもんだよ。おっと、ポップ、慰めてくれるのか」

 不意にポップがペロペロと修馬の指を舐め出したので、途端に嬉しそうな表情になる修馬。

 ほほえましい光景に、架恋も元の微笑みを取り戻した。

 こころなしか、ポップの表情まで嬉しそうに見える。

 それ以降は、もう篠宮のことも忘れ、二人はポップとともに楽しい時間を過ごした。