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天国の扉

猫好き男子と大人な部長21

 そして一人の女性社員が入ってきたが、架恋には見覚えがあった。

 部長に車で送ってもらったあの日、ショッピングモール内の雑貨屋にいた女性だ。

 呆気にとられる架恋と、好奇心溢れる視線を向ける瑞穂には目もくれず、その女性は丸岡に声をかけながら近づいていった。

「やっぱり、ここにいたんだね。説明会に向けての準備中?」

 丸岡は見るからに不機嫌そうな表情になって答えた。

「まず……。入ってくるときは、ノックぐらいしろ」

「準備中だって聞いてたし、別にいいかなって思って。細かいことはどうでもいいでしょ」

「それと……。総務部のお二人に挨拶くらいはしろ。失礼だろ」

 丸岡にたしなめられ、その女性が架恋と瑞穂を交互に見ながら言った。

 丸岡と話していた今しがたまでの口調とは一変し、淡々とした様子で。

「これは失礼。営業部の篠宮です」

 架恋と瑞穂も口々に自己紹介と挨拶を済ませる。

 その後、丸岡が言った。

「で、何の用? 見ての通り、俺たちは今忙しいんだけど」

 しかし、篠宮はそんな言葉にもへこたれる様子を見せずに言う。

「もう~、そんなつれないこと言わずに。たまたま、いったん社に戻る用事ができてね。で、丸岡君が休憩中だって聞いて、探したんだけど、見つからなくて。でも、人事部のホワイトボードに、『大会議室で説明会』って書いてあるのを見たから、責任感の強い丸岡君は休憩時間なのに、ここに来てるんじゃないかって予測したんだよ。こうして苦労して会いにきてるのに、そんな言い草はないでしょ」

 ところどころ、猫なで声で喋る篠宮に、架恋は内心「この人、苦手かも」と思い始めていた。

 そして、「丸岡さんのことが好きなのかな」とも。

 篠宮はどうやら丸岡に用事があるようなので、架恋と瑞穂は黙々と準備に集中することに。

 丸岡は今度は、ややイライラしたような声色で言った。

「せっかく来てくれたんだけど、仕事中だから、喋ってる場合じゃないんだよ。雑談なら、お昼休みにしよう」

「準備って、石橋さんと倉本さんのお仕事でしょ。丸岡君はしなくてもいいはず」

「『しなくてもいい』は『してはいけない』とは違うんだよ。実際、俺は少しでも手伝いたい」

 徐々に、丸岡の口調は、つっけんどんなものに変わっていく。

 この会話を聞いていた架恋にとっては、丸岡に同情していた。

 それでも、一向に意に介さない様子の篠宮がさらに言う。

「じゃあ、私にも手伝わせてよ」

 はっきりと一つ大きな溜め息をついてから、丸岡が答えた。

「お気遣い、ありがとう。でも、俺たち三人で十分、やれるから。また次の機会に、何か手伝ってね」

 こう言われ、ようやく篠宮は根負けしたようだった。

 面白くなさそうに口を尖らせて、篠宮が言う。

「はいはい、分かりましたよ。せっかく来たのに、つれないなぁ。じゃあ、またお昼休みにね~」

 そう言って丸岡に手を振ると、架恋と瑞穂には挨拶もせずに、篠宮は部屋を出て行った。

 再び三人だけになるとすぐ、やや小声で丸岡が言った。

 困ったように苦笑しながら。

「とんだ邪魔が入ったね、ごめん」

 すると瑞穂が、珍しく元気のない声で言う。

「私、篠宮さんのこと、ちょっと苦手かも……」

「ははは、俺の知る限り、あいつを得意な人間の方が珍しいな。俺はなぜか付きまとわれて、正直けっこう迷惑に思ってるよ。営業部のくせに、やたらと社内に出没するし……。……さて、あいつのことはともかく、気を取り直して準備を急ごう」

 会話を聞きつつも机を動かし続けていた架恋は、「はい」と答えてそのまま作業を続ける。

 三人は急ピッチで準備を進めた。