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天国の扉

猫好き男子と大人な部長19

 門前で、高倉がそっとポップを地面に下ろすと、ポップは雨に濡れながらも、じっと立ち止まって架恋と高倉を眺めていた。

 架恋と高倉が口々に、「気にしないで、濡れないところへ行って」と言う。

 その言葉が通じたのか、はたまた単なる偶然なのか、ポップはゆっくりきびすを返すと、右奥の方向へ歩き去った。

 ポップの姿が見えなくなってから、高倉が言う。

「ありがとう、ご苦労様。じゃあ、私が傘を持つよ」

 ポップが高倉の腕の中から離れたので、二人は完全に相合傘の状態になっていた。

 若干の気まずさと、修馬に対する後ろめたさを感じ、架恋はうつむき加減で言う。

「ええ、申し訳ございません……」

 傘の柄を受け取った高倉も、どこか気まずそうな様子で言った。

「すまないね……」

 まだ何か言いたげな様子がありありと架恋にも伝わってきたが、高倉は意を決したかのように背筋をピンと張ると、「では、駐車場まで」と言って架恋と共に歩き出した。

 細い道路を渡り、駐車場前まで来ると、高倉が言った。

「色々とありがとう」

「いえ、そんな……。私は何もしてませんよ」

「いや、傘を持ってくれただろう。それに、私一人ではポップを家まで送ることはできなかったよ。時間を取らせてしまって、すまなかったね。もう帰るところだったんだろうに」

「あ、いえ、そんな……」

 恐縮して伏し目がちになる架恋。

 すると、なぜか言いにくそうな様子で、高倉がぼそぼそと言った。

「もし、よかったら……また、駅前まで送ろうか? さっきのお礼にね」

「そんな……気にしないでくださいね。私は何もしていないのに、本当に何だか申し訳なくなりますよ」

「やっぱり、迷惑だよね。気にしないでいいよ」

「いえ、そんな……迷惑というわけでは決してなくて……!」

 誤解されては困るので、必死で否定する架恋。

 高倉はせわしなく視線を泳がせながら言った。

「ひどい雨だから、歩いて帰るのは大変だからね……。石橋君が迷惑でなければ、送ってあげたくてね。本当に、問題ないかな?」

 念を押す高倉に、架恋は不思議に思った。

 先ほど、ポップと別れた後、高倉が何を言いたそうにしていたのかも気になる架恋。

 そういえば、そのときからずっと、高倉の様子は普段とは違っていた。

 確かに、普段顔を合わせるときは、90パーセント以上の確率で勤務中なので、「仕事中の顔」と「プライベートでの顔」に多少違いがあってもおかしくはないと、架恋も理解している。

 だが、前に駅前まで送ってもらったときと比べても、高倉の今の様子は明らかに違っていた。

 あのときも、車内でやや動揺する素振りを見せた高倉ではあったが、これほどまで長い時間にわたってうろたえているような、気まずそうな様子を見せていたわけではないのだ。

 架恋は、高倉の態度の謎をどうしても解きたくなり、思い切ってストレートに尋ねてみた。

「部長……さっきから何だか、様子がいつもと違いますよ……。何かあったんですか……?」

 もちろん、すぐに答えてもらえるはずがないということは、予想していた架恋。

 ところが、答えもストレートに返ってきた。

「こんなところで、二人っきりで長々と話しているだけでもまずそうだから、もう単刀直入に言うよ。営業の宮沢君と交際してるんだってね」

「ええっ?! どちらでそのお話を?!」

 今度は架恋がうろたえる番だった。

 架恋は瑞穂だけにしか話しておらず、修馬も「誰にも話さない」と言っていたので、バレるはずがないと思っていたのだ。

 申し訳なさそうに高倉が説明する。

「もう社内でかなり噂になっているからね。噂の出所までは、私も知らないよ、ごめんね。ただ、うちの社は、そうした社内での交際に対して大らかだし、過去に社員同士で結婚した人たちすらいるから、別にそんなに神経質になって隠さなくても問題ないと思うよ」

「は、はい……」

 架恋は内心、「他の女子社員から妬まれないかということが一番不安なんだけど」と思っていたが、口には出さなかった。

 そして、噂がどこから広まったのかについては、全く見当がつかない架恋。

 瑞穂が広めたわけではないということは、架恋にははっきりと分かっていた。

 一見、口も軽そうに見える瑞穂ではあったが、約束を破ったり陰口をたたいたりするような人では絶対にないのだ。

 まだ一年ちょっとの付き合いではあるが、プライベートでも親密な付き合いを続けるうちに、「瑞穂は実は義理堅く、人情味があって、人を裏切るようなことは絶対にしない」と架恋は見抜いていた。

 なので、どこからバレたのか、本当に見当もつかなかったのだ。

 物思いに沈みかけた架恋は、自分を見つめる高倉の視線に、ハッと我に変えると、取り繕うように言った。

「えっと、じゃ、じゃあ……今日のところは、これにて失礼いたしますね! せっかく、ありがたいお申し出をいただいたのに、申し訳ございません!」

 すると、さっきまでの気まずそうな態度はどこへやら、すっかり普段通りの落ち着いた物腰に戻っていた高倉が答えた。

「いえいえ、気にしないでね。今度また、駅前に用事があるときには、声をかけてみるよ。では、私はちょっと報告があるので、一度、社に戻ってから帰ることにするよ。石橋君、くれぐれも気をつけて帰ってね」

「はい、ありがとうございます! お疲れ様です、部長!」

 架恋は深々と頭を下げる。

 普段通りの微笑みを浮かべ、架恋に向かって軽く手を振って高倉が言った。

「お疲れ様。また明日」

「それでは、また」

 高倉はゆっくりと立ち去っていく。

 その姿が建物内に消えるまで見送った後、架恋は大雨の中、駅を目指して歩き出した。