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天国の扉

猫好き男子と大人な部長10

 資料室にて、ファイルを探す三人。

 数分ほどして、瑞穂が申し訳なさそうに言った。

「部長、架恋、ごめんなさ~い。タイムリミットです」

 高倉がすぐに答える。

「いえいえ、気にしないで。元々、倉本君は善意で手伝ってくれてただけだから。石橋君も帰ってくれて大丈夫だよ。後は私が何とかしておく」

 架恋はそれでも、帰る気にはなれなかった。

 自分の与えられた仕事だと思っていたので、その責任感から。

「私はもう少しご一緒させていただきます。元はといえば、私がなすべき仕事ですから」

「石橋君は責任感も強いね。倉本君も、友人思いで良い人だし、私は本当に良い部下に恵まれているよ」

 瑞穂がまんざらでもない様子で口を挟む。

「部長~、やけに私たちを持ち上げますね~。私はほとんど役に立たずに申し訳ないです。ではでは、私はこの辺で。架恋、また明日ね~」

 瑞穂はそう言うと、架恋に向かって、意味ありげなウインクをする。

 架恋には、「ああ、部長と二人っきりのチャンスだから頑張って、って意味だろうな」と大体分かった。

 なかなか話すタイミングが来なかったせいで、まだ瑞穂にも、修馬と交際していることは言ってなかったのだ。

 高倉は気にする様子もなく、笑顔で瑞穂に手を振り「ではまた明日」と言った。

 架恋も「また明日」と言って手を振る。

 そして、瑞穂は資料室を出ていった。

 瑞穂が開けたドア越しに、廊下の窓がちらりと見えたが、雨はいっそう強くなっているようだ。

 二人だけになると、高倉が架恋に言った。

「石橋君、長々とつき合わせてしまって悪いね。では再開しよう」

「いえ、私が自らしていることですので、お気になさらず。こちらこそ、部長の手を煩わせてしまってすみません。では、続けます」

 架恋は再び、棚へ向き直って、探す作業を再開した。

 5時半ごろになって、高倉がようやく、目指すファイルを探し当てた。

 今度は二人で何度も確認したので、間違いないようだ。

「部長、ありがとうございます! 結局、何の役にも立てずに申し訳ございません」

「そんなことないって。では、もうこんな時間だから、いったん戻ろう」

「はい」

 二人は資料室を後にした。

 帰り支度を済ませ、架恋は高倉のデスクに近づいて言った。

「部長。それでは、失礼しますね」

「お疲れ様。あ、ちょっと、石橋君?」

「はい、何でしょう?」

 呼び止められるとは思ってなかったので、ドアへ向かいかけた架恋は慌てて立ち止まると、高倉の方を振り向いた。

「外はすごい雨だよ。石橋君は確か、電車通勤だったよね。こんな雨の中を20分もかけて歩くのは大変だろうから、石橋君さえよければ、私が駅までお送りするよ。私は車で通勤しているからね」

「ええっ?! そんな……申し訳ないですよ」

 架恋は驚くと同時に、困惑した。

 既に、架恋は修馬のことだけを熱烈に愛していたので、せっかくの申し出ながら、心苦しく思えたからだ。

 修馬とお付き合いする前であれば、内心飛び上がるほど喜んだに違いないが、今は状況が変わっていた。

 実際、資料室で二人っきりになっていた時間も、胸のときめきは一切なかった架恋。

 もちろん、高倉に対する尊敬と敬愛の情は薄れてはいなかったが。

 しかし、高倉は穏やかな微笑みを崩さずに言う。

「こんな時間まで会社に残らせてしまったのだから、私にそのくらいはさせてくれないか。それとも、私の車に乗るのは、そんなに嫌なのかな?」

「嫌という訳じゃなくて……。申し訳ないなって……」

「私への気遣いは無用だよ。嫌じゃないのなら、送らせてもらうよ。それに、私も少々、駅に用事があってね。駅前のショッピングモールの駐車場まで、ってことでもいいかな? どっちみち、そこまで車で行かないといけないから、どうせなら、石橋君をお送りした方が絶対にいいと思うからね」

 返事に窮していた架恋だったが、こうまで言われると、断ることはできなかった。

「ありがとうございます。それでは、大変恐縮なんですが……お願いしますね」

「了解。それでは、駐車場へ行こうか。忘れ物はない?」

「はい、大丈夫です」

 そして、二人は駐車場へと向かった。