スポンサーリンク
天国の扉

猫好き男子と大人な部長4

 そして、約束の日曜日の午後。

 この日は珍しく、朝から雨は一滴も降っていなかった。

 空はどんよりと曇っており、いつ降り出してもおかしくない空模様ではあったが。

 自宅の最寄り駅前にて待つ架恋の目の前にて、一台のスポーツカーが停まった。

 運転席に座っている宮沢が、笑顔で手招きをする。

 架恋は車について、あまり詳しくないのだが、それでも「高そうな車」という印象はあった。

 すぐに助手席のドアを開けて、乗り込む架恋。

 挨拶を交わしたあと、宮沢の車はゆっくりと発進していった。

「ここが俺の部屋」

 茶色い壁の、やや古そうなアパートの一室のドア前にて、宮沢が架恋に言った。

 車内では猫の話題で持ちきりだったため、あまり他の事を考えていなかったのだが、ここにきて、「これから、恋人でもない男性の部屋に入るんだ」と意識してしまう架恋。

 宮沢は手早く鍵を開けると、架恋を中に招き入れた。

 なるべく平静を装って、「お邪魔します」と言ってから、架恋は中へと入っていく。

 部屋の中は、綺麗に片付けられていた。

 シンプルな内装の、ごくごく普通の一室だ。

 こうして宮沢と二人っきりになってしまうと、架恋はすっかり落ち着きをなくしていた。

 意識しているのは架恋の方だけのようで、宮沢の挙措動作は普段通りだ。

 すると、「そのへんにテキトーに座って」と架恋に指示してから、宮沢はテレビのリモコンを手に、操作を始めた。

「じゃあ、早速だけど、見よう! セッティングは既に済ませてあるから、すぐに始まるよ」

「ありがとう! 楽しみ!」

 猫の映像をこれから見られると思うと、つい今しがたまでの狼狽はどこへやら、ワクワクしてくる架恋。

 宮沢の言葉通り、すぐに猫の映像がテレビに映った。

「ふぅ~、可愛かった~」

 猫番組のDVD映像を全て見終わったあと、満足げな表情で呟く架恋。

 宮沢は頬を緩めて、テレビのリモコンを操作し、電源を切った。

「だよね。最高の癒しだなぁ」

「宮沢君、ホントにありがとうね」

「いえいえ。貴重な猫好き仲間と一緒に観る猫番組は格別だし、むしろ俺の方がお礼を言いたいくらいだ。ホント猫って、何度見ても飽きないな。うちはアパートだし、飼えなくて残念だ」

「私も同じくアパートだから飼えなくて」

 残念そうにうつむく架恋。

 すると、宮沢が尋ねてきた。

「石橋さんも一人暮らし?」

「うん、そうだよ」

「ところで、変なこと尋ねるけど……いい?」

「う、うん。何かな?」

「石橋さんって、彼氏いるの?」

「え?」

 架恋にとっては予想外の質問だった。

 しかし、すぐに気を取り直して答える架恋。

「いないよ。いたら、こんな風に、宮沢君のお宅にお邪魔するわけないから」

 架恋は苦笑する。

 すると、宮沢は急に真剣な表情になって言った。

「石橋さんのことが好きだ。俺と付き合ってほしい」

「え?!」

 架恋は呆気にとられた。

 まさか唐突にこんな告白を受けるとは、予想だにしていなかったので当然といえる。

 固まってしまった架恋を見ても、宮沢は少しも動じる様子を見せずに、畳み掛けるように聞いてきた。

「誰か、他に好きな人がいるの?」

 すぐさま、高倉部長のことを思い浮かべる架恋。

 しかし、高倉部長に抱いている想いが恋心なのかどうか、架恋自身分からなかったので、ここで名前を出すべきではないと架恋は即座に判断した。

「べ、別にいないんだけど……。でも、宮沢君と私、こうしてお話しするようになって、まだ日も浅いから、いきなりお付き合いっていうのは……」

 架恋にとっては、偽らざる本心だった。

 もちろん、イケメンで人気者の宮沢から告白されたことは飛び上がるほど嬉しかったし、「身に余る光栄」とも思えた架恋だったのだが、すぐにOKできない理由が架恋にはあったのだ。

 心のどこかで、「高倉部長とお付き合いできるチャンスなど、自分には永遠に来るはずがないのだから、せっかくのこの告白をお断りするのはもったいない」という想いはあったにも関わらず、踏み切れない理由が。

 宮沢は気落ちする様子も見せずに言った。

「俺は前々から、石橋さんのことが好きだったよ。去年の12月のある日、会社近くのラーメン屋にて昼食を済ませた俺は、店から出てきたときに、たまたま石橋さんを見かけたんだ。大通りを挟んで向かい側の歩道にて、かがみ込んで野良猫をじっと見つめてる石橋さんを。石橋さんはこちらに気づいてない様子だったけどね。その前にも、同期で集まった飲み会で顔を合わせていたんだけど、そのときは正直、石橋さんに対して強い印象を抱いていたわけじゃなかった。でも、そうして野良猫に対して優しい視線を向けてる石橋さんに、俺は見とれてしまって。俺は営業だから、なかなか会う機会もなかったけど、それ以来ずっと、石橋さんのことを想い続けてたんだ」

 まっすぐに架恋の目を見つめて語りかける宮沢。

 その真剣な眼差しに、少し恥ずかしくなった架恋は、やや目を伏せた。

 社内で大人気の宮沢から、こんな告白を受け、架恋としても嬉しくないはずがない。

 宮沢は言葉を続けた。

「もうはっきりバラしちゃうと……最近しょっちゅう、駐車場にいるポップを長時間撫でてから帰ってたのは、『もしかしたら、石橋さんが通りかかって、寄ってきてくれるかも』っていう淡い期待があったからなんだ。何だかそのためにポップを利用しているみたいで、ポップには申し訳なかったけど……。でも、そうでもしないと、同期の飲み会はそう頻繁には開かれないし、石橋さんとは接点がなさすぎて。そのくせ、石橋さんが本当に近づいてきてくれたあの日は、待ち焦がれていたことが実現した喜びよりも、驚きの方が大きかったけどね。実は、あの日の一ヶ月以上も前から、俺は時折あの駐車場にて、ポップと遊んでたんだ。石橋さんが、いつか気づいて、声をかけてくれるんじゃないかって思って」

「そうだったんだ……」

「で、率直な意見を聞きたいんだ。俺のこと、好きか嫌いかで言えば、どっち?」

「それは……好きだけど……」

 架恋は悩むこともなく答えた。

 実際にその通りだったので。

 もっとも、宮沢が言う意味での「好き」だったかどうかはともかく。