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天国の扉

猫好き男子と大人な部長1

 6月上旬のある午後、架恋(かれん)はいつもどおり職場にて業務を黙々とこなしていた。

 そこは文房具を取り扱う、そこそこの規模の会社で、架恋はまだ入社2年目だ。

 そのため、ようやく仕事に慣れてき始めた頃合だった。

 つい先日、梅雨入りが発表されてからは、ずっと雨が続いている。

 架恋にとっては、午後のけだるさを増幅させるかのように感じられる、気分にまで影響しそうなほどじっとりとした雨だ。

 しかし、今日も窓の外はいつもと同じくどんよりと曇っているのだが、珍しく雨は降っていなかった。

 それでも、気を滅入らせるには十分だったようで、伏し目がちに黙々と書類をシュレッダーにかけていく架恋。

 すると、やや離れた席に座っている瑞穂(みずほ)が、パソコンをせっせと操作しながら架恋に声をかけた。

「架恋、今日も傘、持ってきた?」

「うん、もちろん。どうせ、このあと降りだすと思うから」

「だよね~。はぁ、何かいいことないかなぁ」

 パソコンの画面から目をそらし、瑞穂は溜め息をついた。

 架恋も同意を示すように、同じく深い溜め息をつく。

 瑞穂は架恋の同僚というだけにとどまらず、架恋がこの会社の中では唯一「親友」と呼べる社員だった。

 同じ総務部所属の同期で、「彼氏いない歴を3年以上更新中」という幾つもの共通点が、入社直後から二人を急速に近づけたのだ。

 今では、週末になると時々二人で一緒に出かけることもあるほど、架恋と瑞穂は仲が良かった。

 瑞穂が突然、小声になって、架恋にだけ聞こえるように、ひそひそ話しかける。

「高倉(たかくら)部長と相合傘、したいよね」

 高倉部長は、部内はおろか、社内中の独身女子社員の憧れの的といえる人物だ。

 端正なルックスと、落ち着いた物腰が特徴的で、人柄もよく、悪い噂も全くなかった。

 外面だけでなく、内面までイケメンということだ。

 それでいて、33歳独身ということなので、多くの女子社員を虜(とりこ)にしている現状も何らおかしなことではなかった。

 架恋が微笑んで答える。

「高倉部長はマイカー出勤でしょ」

「だったら、部長の車の助手席に座りたいなぁ」

 目を細めて言う瑞穂。

 架恋も、多くの女子社員の例に漏れず、高倉部長にはほのかな憧れを抱いていたので、気持ちが分からなくもなかった。

 それでも、「瑞穂よりは現実的な見方をする」と自身も自覚する架恋は、「もし部長が恋人を作られるにしても、私を選んでもらえる可能性は限りなくゼロに近いはず」と思っているので、100パーセント共感していたわけではなかったが。

 瑞穂の方が自分よりもルックスや性格が良いと内心思っている架恋が言う。

「瑞穂なら可能性があるんじゃない?」

「もう~、テキトーな慰めはやめてよ~。どこに可能性があるのさ。可能性がほとんどゼロだから、こうして嘆いているわけで」

 おどけて言う瑞穂に、架恋がツッコミを入れる。

「つい先週、『宮沢君と付き合えたらいいなぁ』って言ってたの、誰だっけ」

「宮沢君もイケメンだよね~。でも、部署が違う私たちが会える機会ってそもそも限られているから、宮沢君と私が付き合える可能性は、もうはっきりゼロと言ってもいいくらいじゃん。絶望……!」

 宮沢修馬(みやざわ・しゅうま)は、架恋たちの同期だ。

 しかし、宮沢は営業部に所属しており、架恋や瑞穂はあまり会う機会も頻繁にはないのだった。

 宮沢もまた、高倉部長とはタイプが違うイケメンで、成績優秀だということもあり、社内の女性人気はトップクラスだ。

 架恋や瑞穂の同僚たちは、宮沢のことを影で「王子様」と呼んでおり、架恋もそれには異論はなかった。

 ただ、宮沢は高倉部長と違い、若干チャラいところがあるように見受けられ、その点については、少々苦手意識がある架恋。

 宮沢が特定の誰かと交際を開始したという話は一切聞いたことはなかったのだが、いつぞや瑞穂や他の同僚から「宮沢が、数多くの女性とデートを繰り返している」という噂は、架恋もしょっちゅう耳にしていた。

 そして、そういうところが、架恋の眉をひそめさせていたというわけだ。

 そのため、架恋としては「ルックスはかっこいいと思うけど、実際に向こうが自分を好きになることはないし、その逆もないだろう」と思っていたのだった。

 つまり、架恋としては、「不可能だろうとは思いつつも、部長とお付き合いしたい」という気持ちはあったが、宮沢に対してはそこまでは思っていなかったといえる。

 宮沢がイケメンだという点に異論がなかっただけで。

 架恋が瑞穂を見つめながら言う。

「瑞穂って、移り気なのよね」

「そうは言っても、部長も宮沢君も私にとっては遠い存在だし、仕方ないじゃん。そう言う、架恋はどうなのよ? 誰を狙ってる?」

「狙うだなんて……。私みたいな地味な女、誰にも興味を持ってもらえないでしょ」

 悲しげに微笑みながら架恋は答える。

 瑞穂も似たような表情になって言った。

「お互いツライねぇ。でも、正直、そろそろ彼氏が欲しいから、どんどんアタックしようと思う!」

「部長に? 宮沢君に?」

「そんなスーパーイケメン軍団にアタックしても玉砕が見え見えだから、もっと身近な人にね!」

 しゃんと背筋を伸ばし、パソコンの画面に視線を戻して言う瑞穂。

 架恋は「お互い頑張ろうね」と言うと、再びシュレッダーを使う作業に集中した。