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天国の扉

ちょいS部長の羞恥レッスン62

 お盆休みの最終日、帰省から少し早めに戻ってきた璃子は、朝からいつものアパートの一室にて、退屈していた。

 彩乃を始め、友人たちはみんなそれぞれ用事があるので、会うこともできない。

 関係解消以来、何もすることがないこんなときは、自然と藤崎の事を思い出してしまう璃子。

 藤崎との想い出を回想していくうちに、フットサルを楽しんだときの光景が璃子の頭に浮かんだ。

 そこで璃子はひらめいた。

 もしかしたら今日、フットサルの練習に藤崎が参加しているかもしれない、という考えが。

 璃子は大急ぎで外出の準備を始めた。

 以前藤崎と共に訪れた体育館が見える場所まで歩いて来た璃子は、ここで突然失望に襲われた。

 ここに来てようやく、「今日もフットサルの練習や試合が、ここで行われているとは限らないし、もし行われていたとしても、藤崎が参加しているかどうかも分からない」ということに気づいたからだ。

 それでも、「確認しないでは帰れない」と思った璃子は、体育館へと近づいていく。

 しかし、目指す体育館の扉から、突然出てきた人影に驚き、その場で立ち止まった。

 出てきたのは藤崎と例の女性だったからだ。

 体育館まで数十メートルという位置にいた璃子は、今見た光景にショックを受けながらも、二人にバレないよう素早くきびすを返すと、元来た道を走り去った。

 幸い、あの二人には、璃子が近くにいたことはバレずに済んだようだ。

 重い足取りで駅へと向かう璃子。

 ユニフォーム姿の藤崎とあの女性のツーショットは、璃子の心に大打撃を与えていた。

 そんな光景を目撃することになるとは、全く予期していなかったので、璃子のショックは大きい。

 だが、それでも、璃子の「気持ちは伝えないと」という決意は揺るがなかった。

 璃子はもはや、「セフレでも使用人でも何でもかまわないし、期間が短くてもいいので、またそばで毎日を過ごしたい」という想いでいっぱいだったのだ。

 ただ、あの女性とは顔を合わせたくないので、璃子は「明日の終業時間後に伝えよう」と心に決める。

 あの二人の姿を見たのはほんの一瞬だったにも関わらず、二人がリラックスした明るい表情をしていることを見て取っていた璃子。

 心のモヤモヤは増すばかりだったが、璃子の決意は固かった。

 そして翌日、璃子は一日中そわそわしながらも、努めて平静を装って業務をこなしていた。

 理由はもちろん、終業時間後に告白しようと思っていることで、頭がいっぱいだったからだ。

 いつも鋭い彩乃には、普段との違いを嗅ぎつけられて心配されてしまったが、「お盆休み明けということで憂鬱だから」と言って、上手くごまかすことができた。

 お昼休みに入ると、終業時間後が待ち遠しいような、それでいて怖いような、不思議な気持ちにとらわれる璃子。

 すると、お昼休み後、事務室にて突然、璃子は藤崎に席まで呼び出され、ドキッとした。

 藤崎は普段どおりの冷静な口調で言う。

「また島村に重要な作業を任せたい」

 藤崎に苗字で呼ばれるたびに、璃子は切なくなってしまう。

 もっとも、関係が続いていた1ヶ月間の間もずっと、当然ながら職場では苗字で呼ばれていたので、「関係解消後、急に苗字で呼ばれ始めた」というわけでもないのだが。

 それでも、「二人っきりのときは『璃子』と呼んでくれていた」というあの期間をどうしても思い出してしまい、璃子は切なくて寂しい気持ちになるのだ。

 しかし、今の璃子はそのことよりも、藤崎の言う「重要な作業」の方が気になっていた。

 説明を待つ璃子に向かって、USBメモリと書類の束を差し出しながら藤崎が言う。

「この書類の内容を、USBの中に入っているエクセルデータに打ち込んでくれ」

 USBメモリを見て、璃子は必然的に、藤崎とのセフレ関係開始のきっかけとなった、あのミスを思い出す。

 苦い想い出ではあったが、その反面、あのミスのお陰で、藤崎とああいう関係を結ぶことができたので、璃子にとっては複雑だ。

 断れるはずがない璃子はすぐに答えた。

「はい、了解いたしました」

「今回は私のほうでもバックアップを取ってあるから、先月のように島村がうっかりデータを消しても大丈夫だ。もしまたああいうことをやらかした場合、作業を最初からやり直しとなるだけだ。心配なら、こまめに保存して、そちらでもバックアップを取っておけ」

「はい……。先月は申し訳ございませんでした。今回は細心の注意を払います」

 そう答えつつ、ますます先月のあのミスのことが頭から離れない璃子。

 ほんの一瞬、「もしまたミスしたら、ああいう関係を再開してもらえる?」などと馬鹿げた考えが璃子の頭をよぎったが、今回はバックアップを取ってもらっているので同じ展開になるはずがないと、璃子にもすぐに分かった。

 一瞬とはいえ、愚かで無責任で恥ずべき考えを抱いてしまった自分を、璃子は心の中で強く責める。

 もっとも、幾ら頭の中で思いつこうとも、自分にはそんな馬鹿げた行為を実行に移すことは絶対に出来ないと、璃子自身分かっていたが。

 だが、ふとあるアイデアが浮かんだ璃子は、思い切って言ってみた。

「あ、あの……。ちょっと不安ですし、終業時間後にやり方を少しお教えいただけませんか?」

 そんなに難しい作業ではないと、璃子は知っていたのだが、「これを口実にすると、終業時間後に部長を呼び止めやすい」という意図から、璃子は言った。

 藤崎は特に不審に思っているような様子もなく答える。

「先月のミスで慎重になっているわけか。良い心がけだ。大して難しい作業でもないし、本来なら私からの説明など不必要だと思うが、終業時間後に少しだけ時間を作ってやる」

「あ、ありがとうございます!」

 褒められたことと、時間を作ってもらえることに喜び、明るい声でお礼を言う璃子。

 そして、書類とUSBメモリを受け取ると、璃子は自席へ戻って、中断していた別の作業を再開した。