スポンサーリンク
天国の扉

ちょいS部長の羞恥レッスン61

 翌日の午後7時半過ぎ―――。

 藤崎との「最後の晩餐」を済ませた璃子は、一人っきりで、慣れ親しんだ懐かしいアパートの一室へと戻ってきた。

 しかし、璃子の表情は冴えない。

 璃子は部屋を見渡しながら、「殺風景で寂しい部屋だなぁ。私にとってここの方が、仮住まいみたい」と独り言を呟く。

 そして璃子はようやく気づいた。

 自分がいかに大きな愛情と執着を、藤崎に対して抱いていたのかを。

 新たな悦びとなった、羞恥プレイや露出プレイなどを思ってみても、璃子は今後自分一人で行いたいとは微塵も思わなかった。

 藤崎と一緒だからこそ、あれほど大きな悦びを感じたのだ。

 だが、今さらそんなことを言ってみてもどうにもならないことを、璃子自身分かっていた。

 それに、「あの女性が高虎さんの恋人なら、自分の入る余地は全くない」ということも。

 深い溜め息をついた璃子は、ひとりぼっちで呆然と立ち尽くしながら、藤崎が与えてくれた幸せな時間を思い返していた。

 翌日のお昼休み、璃子は彩乃と共にいつもの店にいた。

 そして、そこで「部長と別れた」と報告をすることに。

 早めに伝えておかないといけない、と璃子は思ったのだ。

 璃子の話を一通り聞き終わると、彩乃は驚きに目を丸くして、色々と尋ねてきた。

「え? 全然、意味が分かんないんだけど……。藤崎部長も璃子も、浮気したわけじゃないんだよね?」

「うん」

「でも今朝から普通に喋ってたし、ケンカもしてないんでしょ?」

「うん」

「意味が分からな~い!」

 大げさに頭を抱え、いたずらっぽい笑顔を見せる彩乃。

 璃子は愛想笑いをしようと思うのだが、いくら「セフレという真実を話すわけにはいかない」というやむを得ぬ事情があるとはいえ、親友の彩乃に嘘をついていることは事実なので、少しも笑えない。

 どうにか曖昧な表現でごまかしきろうと、璃子が言った。

「まぁ、私にも別れた原因はよく分からないから……」

「分からない……でも分かる!」

 パラドックスのような言い方をした彩乃が言葉を続ける。

「つまり、別れ方もミステリアスだったってことでしょ。普通なら、今の璃子の話、支離滅裂で意味不明だと感じるところなんだけど……。お相手があの神秘的な部長だから、『あり得る』と言わざるをえない! だって元カノの璃子の前で言うのも失礼な話だけど……あの部長が恋愛とか交際とかっていまだにあまりピンと来ないんだなぁ、私は」

 彩乃の話を聞きながら、璃子は内心「さすがに彩乃は鋭いなぁ。実際のところ、恋愛でもなく、普通の交際でもなかったわけだし。彩乃の言っていることは大体当たってるのかも」と思っていた。

 彩乃が続ける。

「でも、お互いまだフリーなら、理由くらいはっきり聞かなきゃ! 璃子から部長をフッたわけじゃないんでしょ」

「それはそうだけど……普段ああして職場で顔を合わす関係だから、なかなか聞きにくくて」

「いやいや、それでも絶対に聞くべき! だって、璃子もすっきりしないでしょ」

「うん……まぁ……」

 璃子は言い返すことができない。

 そのとき、何かを思い出した様子で、彩乃が言った。

「そうそう、話は変わるけど……。友則君とはどうなのさ~!」

「どうなのって……?」

 友則の事を思い浮かべる璃子だったが、以前のような胸がざわつく感覚は消えている。

 璃子は、友則への感情が既に恋愛感情ではなく、友情に似たものに変化していることに気づいていた。

 にこにこしながら彩乃が言う。

「あくまでも私の直感だけど……友則君は今でも、璃子の事が好きなんだと思う!」

 再び璃子は心の中で「やっぱり鋭いなぁ」と思っていた。

 彩乃はさらにまくしたてる。

「だって、あれほど浮名を流してた友則君が、ここのところ浮いた噂がとんとなくなったんだよ。それに、先週の飲み会での言動が、私にとっては決定的だったなぁ。私が妨害しなかったらきっと、友則君は璃子を部屋まで送っていってたじゃん。『奔放だけど常識人』という感じの友則君が、彼氏がいるって公言してる女と二人っきりで帰る……絶対におかしいし、怪しい!」

 璃子は、「友則君とのことは、別に隠す必要もないかな」という気がしてきたので、思い切って言う。

「実はちょっと前のことなんだけど……。まだ部長とお付き合いしているときに、友則君から電話があって……。『もし部長と別れたら、もう1回チャンスが欲しい』みたいなことを友則君から……」

「え、そんなことがあったんだ~!」

 一瞬だけ驚きの表情を見せた彩乃だったが、今度は急に真面目な表情になって言葉を続ける。

「でも、それならやっぱり、ちゃんと部長と話し合いをしなくちゃ! だって、璃子……今でも部長の事が好きなんでしょ?」

「え?」

 今度は璃子が驚く番だった。

 璃子自身、昨日やっと気づいたことを、彩乃があっさり指摘したからだ。

「友則君の話題を私が振っても、今はもう全く動じていないじゃん。それなのに、今朝からずっと、璃子は憂鬱そうな表情をしてるよ。ねぇ、正直に言って。まだ部長のこと、あきらめきれてないんでしょ?」

 いつになく真剣に聞いてくる彩乃。

 璃子は心がスッと軽くなる気がして、隠さずに答えた。

「うん……。実はそうだよ……」

「だったら……! 何度も言うけど、やっぱりちゃんと理由くらい聞かなきゃ! ……まぁ、あのミスター・ミステリアスの部長のことだし、どうせ『璃子だってちゃんと聞き出そうとしてたのに、部長が答えてくれなかった』みたいなことなんだろうとは私も想像がつくよ。でも、それでも! あきらめずに、何度も何度も聞かなくちゃ! このままだと、璃子もすっきりしないでしょ」

「う、うん……」

 璃子は、彩乃の話を聞いているうちに、「自分の気持ちだけは、高虎さんに知っておいてもらわなきゃ後悔するかも」という気がしてきていた。

 璃子の中で、急速に決意が固まっていく。

 彩乃は優しい声色で言った。

「すぐじゃなくてもいいけどね。明日からお盆休みってことで、部長も仕事が立て込んでるみたいだし」

「うん、分かった……。お盆休み明けにでも……」

 そう答えつつ、璃子の心は既に決まっていた。

 藤崎に向かって、自分の正直な想いを伝えることに。