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天国の扉

ちょいS部長の羞恥レッスン52

 それからしばらくして、「希望者のみ2次会へ」という雰囲気になったとき、璃子は彩乃と一緒に帰ることにした。

 さりげなく友則に合図を送る璃子。

 すると、友則も璃子たちに続いて部屋を出た。

 しかし、店から出たところで、彩乃が不思議そうに言う。

「あれ? 友則君も電車?」

「うん、まぁ、今の時間だとバスでも帰れそうだけど、璃子を送っていきたいから」

「え~?!」

 彩乃は一瞬だけ驚いた様子を示した後、続けて言った。

「何それ、ダメだよ! 璃子には彼氏がいるんです! 送りオオカミはさっさとバスで帰りなさい!」

 彩乃はおどけた口調で言うが、目は真剣だ。

「送りオオカミって、そんな言い方は心外だな! 俺はただ、璃子が心配で送っていくだけだってば。変な意図はこれっぽっちもないよ!」

「じゃあ、私も一緒についていく! 文句ないよね?」

「別にいいけど、それだとその後、今度は彩乃ちゃんを送っていくことになるな」

「あー、彼氏がいる璃子ではなく、私をターゲットにするなら、別にオッケー。今フリーだし、どんと来い!」

「いや、別にそういう意味じゃないって言ってるだろ~。ともかく、俺が責任を持って二人を送るから、何の問題もないよ」

 苦笑しながら言う友則。

 そんな二人を見ながら璃子は、「結局のところ、二人とも私のことを心配してくれてるんだなぁ」と感謝の念でいっぱいだった。

 彩乃が今度は璃子に向かって言う。

「ってことで、話はまとまったみたいだね。私もついていくので、よろしく」

 別に異論はない璃子は、微笑みながら「うん、ありがとう」と言葉を返す。

 そして三人は駅を目指して歩き始めた。

 璃子をアパート前まで送り届けると、彩乃と友則は挨拶をしてから引き返していった。

 二人の姿が見えなくなると、璃子はとりあえず自分の部屋前へと向かう。

 しかし、中に入っても電気がつかず不便なので、その場で藤崎に電話することにした。

 帰りが遅くなりそうだということを伝えるためだ。

 何気なく腕時計を見ると、もう10時を回っていた。

 割とすぐに藤崎が電話に出てくれたので、挨拶を交わした後、事情を伝える璃子。

 すると藤崎がいつもどおりの声のトーンで言った。

「じゃあ迎えに行くから、そこで待っておけ」

「え?」

 驚く璃子だったが、既に通話は藤崎の方から一方的に切られていた。

 璃子の「え?」という声すら、向こうに届いていたかどうかは分からない。

 璃子は、藤崎に迷惑をかけてしまったことに対し、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。

 しかし、こうなってしまった以上は、藤崎の到着をただただ待つしかない璃子。

 璃子は自分の部屋のドアにもたれかかって、真夏の夜空を振り仰いでいた。

 数十分後、アパート前の細い路地に入ってくる藤崎の車が見えたので、璃子は慌ててそちらへ向かう。

 そして、「どうもすみません」と言って助手席に乗り込むと、藤崎は軽く頷き、車をUターンさせ始めた。

 シートベルトを締めた璃子はすぐ、運転席の藤崎に向かって言った。

「迷惑をかけてしまって、本当にすみません」

「俺の家へ他のヤツを連れてくるとマズイことは、俺にも分かるから気にするな」

「ありがとうございます」

 璃子は申し訳なさから少し縮こまりながら、お礼を言う。

 藤崎からの返事はなかったが、こういうことにはもう慣れっこになっている璃子はもう「無愛想だ」などと思うことは一切ない。

 もし迎えに来てもらってなければ、延々と来た道を引き返した上に、再度電車に乗らなくてはならないところだったので、璃子は改めて深く藤崎に感謝していた。

 そしてその感謝を込めた眼差しを、藤崎の横顔に向ける璃子。

 藤崎は運転に集中している様子だったので、声をかけるのはやめておいた。

 車はいつしか、大通りへと入っている。

 行き交う車のライトが眩しくて、時折目を細めつつも、璃子はこの夜のドライブを楽しんでいた。

 もちろん、藤崎への感謝は忘れずに。

 翌日の土曜日は特に変わったことは何もなく過ぎた。

 しかし、続く日曜―――。

 朝食後に後片付けをしながら藤崎が言った。

「今日は出かけるぞ。俺たちの関係はあと4日ほどで終わるから、一緒に過ごす日曜は今日で最後だからな」

 テーブルを拭きながら聞いていた璃子は、思わずハッとして手を止めた。

 璃子は自然と、ここにいるのが当たり前のように感じ始めていたので、関係の終焉がたった4日後に迫ってきていると知らされた衝撃は大きい。

 璃子は今や、はっきり自覚していた。

 藤崎とのこの関係が、決して嫌なものでも気まずいものでもなくなってきており、むしろ「いつまでも続けばいいのに」と思い始めていたことを。

 藤崎の口から出た「終わる」「最後」などの言葉に、璃子の胸は痛んでいた。

 だが、そんな気持ちを藤崎に伝えられるはずもなく、どうにかごまかそうとして璃子は言う。

「時が経つのは早いものですね……」

「確かに俺も、年を取るにつれ、ますますそう感じるな。……まぁ、そんなことはどうでもいい。あと15分後には出かけるから、準備をしておけ。いいな?」

「はい」

 一抹の寂しさを胸に秘め、璃子は頷いた。

 そのとき、藤崎と並んで歩いていたあの女性のことをふと思い出してしまう璃子。

 この関係が終わると、藤崎はあの女性と一緒に暮らすのかもしれない……そんなことを想像すると、璃子の中の寂しい気持ちはますます増幅する一方だった。

 リビングにある大きな窓からは、真夏の朝の陽光が差し込んでいる。

 テーブルを拭く手を休めて、璃子はしばし呆然と窓を眺めていた。