スポンサーリンク
天国の扉

美術教師の羞恥デッサン60(藍里編1)

~再び時はさかのぼり、7月下旬~

 春日井藍里(かすがい・あいり)は、学生寮の最寄り駅から程近いカフェにて、姉たちと一緒にランチを楽しんでいた。

 この日は、普段バラバラの場所に住んでいる大学生の姉二人が久しぶりに会いに来てくれたので、「姉妹水入らず」でのんびりおしゃべりを楽しみつつ、昼食に舌鼓を打っているところだ。

 3姉妹の末っ子である藍里には、他に兄弟がいないこともあって、姉二人とは親友同士のように仲が良い。

 藍里にとって、二人が同性だということも大きいのかもしれない。

 ともかく、3姉妹の仲はすこぶる良好で、小さい頃は近所の人たちによく「仲良し3姉妹」と呼ばれるほどだった。

 藍里は現在高校3年生で、受験生ではあるのだが、推薦入試を予定していることもあって、それほど必死になって勉強しているわけでもない。

 ちなみに藍里のクラスは、例の3年H組だ。

 ただ、他のクラスメイトたちがそうであるように、藍里もまた、担任の藪下を「親身になって色々相談に乗ってくれる良い教師」と見ており、マイナスの感情を一切抱いてはいなかった。

 一番上の姉である朱里(あかり)が、アイスティーを少し飲んでから言う。

「藍里は最近、彼氏と上手くやってる~?」

 屈託のない笑顔を見せる朱里に向かって、苦笑しながら答える藍里。

「うん、まずまずって感じ……かな」

「何となく、そんな気はしてたよ! 彼氏、真面目そうな人に見えたからね~」

 藍里の彼氏は、丸山光範(まるやま・みつのり)という名前の大人しくて礼儀正しい好青年だ。

 藍里の同級生で、1年生のときには光範もH組に所属していたのだが、2年生時のクラス替えで離れ離れになってしまった経緯がある。

 二人の交際は既に二年以上も続いており、藍里が光範を家族に紹介したこともあって、藍里の姉二人も光範と面識があった。

 今度は藍里が尋ね返す。

「朱里お姉ちゃんは、例の彼氏さんとラブラブ?」

「もっちろん! 出会いは超サイアクだったけども、相性抜群だからね!」

 するとここで、三姉妹の真ん中にあたる碧里(みどり)が朱里に向かって尋ねた。

「出会いについて、詳しいことはやっぱり教えてくれないの?」

「うーん、非常に言いづらい出会いだったわけだよ。いずれ気が向いたら、ちゃんと話すから、今日のところは見逃してよ。そう言う碧里だって、付き合ったキッカケについては、全然話してくれないじゃん。やっぱ、色々事情があるんでしょ~?」

「あ、うん、まぁ……。そうなんだけどね……」

 あっさり認めて黙り込む碧里。

 朱里は苦笑しながら言った。

「だから、お互い様だってば。だけど、ホントに私たちって、似たモノ姉妹なんだなぁ。碧里があまり詳しく教えてくれないけど、それでも色々と、とんでもない体験をしたことだけは想像がつくからね~。私の経験も、負けず劣らず酷いから、何とも言えないのが悲しいとこだけども。藍里も他人事じゃないぞ~。きっと、藍里も、碧里や私と同じように、そのうち、酷い目に遭いかねないから、気をつけてね!」

 急に話が自分のほうへ向いたので、藍里はアイスティーを飲むのを中断して言う。

「何に、どう気をつけるの?」

「それが事前に全て分かってりゃ、碧里も私も苦労しなかったんだってば。ま、まぁ……私の場合はある種……『飛んで火に入る夏の虫』というか、『薮をつついて蛇を出す』というか、自ら厄介ごとへ飛び込んだ感じだから、何とも言えないんだけどね。そっか、藍里もこの前、18歳になったんだっけ。それじゃ、藍里にもいずれ近いうちに、私の冒険譚を教えてあげるよ。私の話は、18歳未満視聴禁止だから」

 自虐っぽく言い切る朱里は、過去の出来事をそれほど気に病んではいないらしく、苦笑し続けている。

 藍里が「楽しみにしてるよ」と朱里に言うと、今度は碧里が言った。

「じゃあ、私も近いうちに、経験したことを教えてあげる。今はただ一つだけ、教えておきたいことがあって……。『美味しい話には裏がある』……このことだけは、しっかり頭に入れておいてね。あまりにも安すぎる価格には、何か裏があると思ったほうがいいよ」

 これを聞き、朱里が身を乗り出して言った。

「そう! まさに、それ! 碧里の言葉に私が何か付け足すとすると、『常識外なほど高額なお給料を謳う求人広告には何か裏がある』ってとこかな~。世の中、甘くないんだから、藍里も十分に気をつけてね」

 姉たちの経験談を聞いていないので、いくら熱心に言われてもあまりピンと来ない藍里。

 それから三人の会話はたわいもない話題へと移っていった。