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天国の扉

美術教師の羞恥デッサン38(亜美子編2)

 予想外の言葉に、亜美子は驚き固まった。

 心の中で「そう言や、ヤブッチは美術のセンセだったっけ。画家もやってんのかな」などと呟く亜美子。

 藪下は畳み掛けるように言った。

「場所は私の家で、1回1時間以内の話だ。3回合計で10万円を支給する」

「えええっ?! やります!」

 驚愕の声をあげた次の瞬間には、亜美子は頷いて承諾の様子を見せた。

 とんでもない好待遇に、思わず即決してしまったのだ。

 藪下が詐欺行為をするような人ではないと、亜美子は思っていたということも即答した大きな理由かもしれない。

 亜美子の中に、藪下に対するある種の信頼や親しみやすさがあったからこそ、この日もこうして遅刻こそしたものの、ちゃんと呼び出しに応じたわけだ。

 藪下が苦笑を浮かべて言う。

「お願いしている私から言うのも何だが、説明をきちんと最後まで聞いてから、受けるかどうか決めてくれればいい。何事もそうだが、深く考えずに答えを出すのは危険だぞ」

「は~い。で、説明って?」

 素直に頷き、説明を求める亜美子。

 先ほどまでのやる気のない様子はどこへやら、今やこの厚遇アルバイトの詳細を知りたくてウズウズしているようだ。

 亜美子はまだ、そのデッサンモデルというのが、ヌードだということを気づいていなかった。

 その最重要ポイントに、藪下がようやく触れる。

「ヌードデッサンモデルということで、裸になって一定時間、完全に静止してもらわないといけない」

「ええっ?! ヌード?!」

 これにはさすがの亜美子も仰天し、ガタンと大きな音を立てて椅子を元通りの角度に戻した。

「驚くだろうと思った。だからこそ、こんなにバイト代が高額なんだ。ただ、描き手は私だけだし、他の人に裸が見られる心配はない。それに、私はこう見えてもアマチュア画家の端くれだ。あくまでも美しいデッサン対象としてしかモデルを見ないし、変な気を起こすこともない」

 最後の部分は明らかに嘘だったが、藪下はしれっと言ってのける。

 亜美子は「ヌード」と聞いて受けた驚きと衝撃からまだ抜けきれていなかったものの、藪下に対する信頼から、言われている内容自体は信じて疑わなかった。

 亜美子は普段の彼女らしくもなく、口ごもり目を白黒させる。

 亜美子が動揺している理由は、一度も男性と交際した経験すらなく、男性に裸を見られたことがないのはもちろんのこと、キスすらしたことがなかったからだ。

 ただ、亜美子がすぐに前言撤回して拒絶しないのは、やはりその好待遇が心を捉えて離さなかったからだった。

 既にこの日はここまで、何だかんだで早耶香と未桜の二人を上手く説得してきている藪下は、その経験からある程度の自信を得たようで、落ち着き払って亜美子の説得を続ける。

「やっぱり、恥ずかしいか?」

 この煽りは、亜美子に大ダメージを与えた。

 亜美子としては、「恥ずかしがっている」などと他の人に思われることは、大きな屈辱なのだ。

 亜美子は目一杯強がって言った。

「そんなわけないですよ! 藪下センセがいやらしい目で見ないって言ってるんですし、アタシのほうは何の問題もないですよぉ~。もちろん、最初に言ったとおり、お受けしたいで~す」

「引き受けてくれるわけか、ありがとう!」

「いえいえ、こちらこそありがとうございま~す」

 何気ない様子で言う亜美子だったが、その心臓はバクバクいっていた。

 なし崩し的に受諾してしまったものの、やはりどう考えても、男性の前で裸になることは亜美子にとっても恥ずかしいことに間違いないのだ。

 ただ、亜美子の性格的に「ここまで来たらもう引き下がれない。引き下がったら負けだ」という思いが強く、本心を藪下に伝えることはなかった。

 誰に対して「負け」なのか、亜美子本人にもよく分かっていなかったが。

 その後、前の二人のときと同様に、藪下から色々な説明がなされることに。

 黙って話を聞くことが大の苦手だという亜美子も、このときばかりは真剣に聞き入っていた。

 うっかり承諾してしまったことに対して後悔を感じつつ、同時に「こんなに割のいいバイトは他にないから、ラッキーかも」という楽観も抱きながら。