スポンサーリンク
天国の扉

美術教師の羞恥デッサン37(亜美子編1)

~再びときは7月下旬、早耶香と未桜が藪下と面談をした日までさかのぼる~

 時刻はお昼の12時ちょうど。

 数十分前、説明を全て終えて未桜を見送った藪下は、そのまま教室に居残り、時計やドアを何度もせわしなく確認していた。

 そう、面談と称して呼び出す相手は、早耶香と未桜だけではないのだ。

 実は午後からを含めると、あと3人も呼び出す予定だった。

 そして、次の相手である蓬澤亜美子(よもぎさわ・あみこ)の面談開始は12時の予定だ。

 ところが、既に時計の針は12時をいくばくか過ぎているにも関わらず、亜美子はまだ教室に到着していない。

 時計を見ながら溜め息をつく藪下だったが、その顔は苦笑が浮かんでおり、あまり驚いたような様子は見られなかった。

 特別進学コースのH組では唯一、亜美子だけが遅刻の常習犯だったからだ。

 しかも、亜美子は単なる遅刻魔ではない。

 生活態度全般に問題があり、生活指導の教諭から頻繁に呼び出しをくらっている、校内屈指の問題児だったのだ。

 ただし、並み居る教師の中でただひとり、藪下に対してだけは、亜美子が無礼な態度をとったり、無視したりするようなことはほとんどなかった。

 恐らく、藪下があまり生徒を叱らない教諭だったことと、どんな生徒に対しても一定の理解と敬意を示しつつ接していたことが、亜美子にも伝わっていたからだろう。

 それにまた、1年生のときからH組に所属している亜美子は、「ここ数年間、H組の担任教諭」である藪下のクラスに入学時から今までずっと在籍していたということで、藪下に対してある程度の親しさを感じていたからというのも一つの理由かもしれない。

 ともかく、藪下以外の教諭に対しては反抗的で不躾な態度をとり続けていた亜美子は、多くの人から「問題児」や「不良」などと思われ、一部の教諭や生徒は露骨に避けていたほどだった。

 12時を5分ほど回った頃、突然ドアが勢いよく開かれる。

 そして、そこに姿を見せたのは亜美子だった。

 薮下のほうを見て、僅かに頷き「ちわっ」と小声で挨拶してから、荒々しくドアを閉める亜美子。

 すぐに挨拶を返した藪下の座る窓際の席へ向かって、亜美子はだるそうな様子で歩いていった。

 室内はエアコンが十分に効いているのだが、亜美子は暑そうに顔をしかめる。

 亜美子は心の中で「あー、めんどくさいなぁ。追加面談なんてウザいからサボりたかったんだけど、相手が色々お世話んなってるヤブッチだからなぁ。呼び出したのがいつもの生活指導の滝沢だったらブッチ確定だったのにぃ」と呟いていた。

 亜美子が着ている制服のスカートは、明らかに校則違反だと分かるほど短く、歩いてる最中もフワフワと揺れる。

 髪色はやや茶色がかっており、これも「染髪、髪の脱色は禁止」という校則に違反している。

 また、夏服のポロシャツは、遠目から見ても明らかに、黒いブラが透けて見えていた。

 未桜のときとは違い、なるべく亜美子の身体を見ないように注意しつつ、真向かいの席をすすめる藪下。

 恐らく、亜美子の場合は「機嫌を損ねたら、すぐさま帰られてしまう」という可能性があったからだろう。

 これは好判断だったらしく、亜美子は「はーい」と素直に返事をしてから、ドカッと腰を下ろして脚を組んだ。

 座ったことにより、すべすべした様子の太ももやふくらはぎがますます目立つようになったが、藪下は相変わらずそちらに目をやらず、亜美子の目を見つめて話し始めた。

「まだ知らないだろうが、生活指導の滝沢先生が夏休み中に何度か、蓬澤を呼び出して指導する予定になっている」

 これは薮下のでっちあげや嘘ではなく、紛れもない事実だった。

 実際、去年も一昨年も、亜美子は夏休みに何度か呼び出されている。

 しかし、実際には当日になってドタキャンしたため、結局一度も呼び出しに応じたことはなかったが。

 亜美子は内心「滝沢、マジうぜー」と思いながら、仏頂面で答えた。

「アタシだけっていうのが、納得いかないんですけど~」

 吐き捨てるようにこう言われても、藪下にはイライラした様子は微塵も見られない。

 もはや、慣れっこになっているのかもしれなかった。

「気持ちは分からなくもない。だけど、ちょっと……校則違反のイエローカードを貰いすぎたようだから、な。また謹慎処分になるの、嫌だろ?」

 亜美子は去年、度重なる素行不良のため、自宅謹慎という処分を食らったのだった。

 全く懲りていない亜美子が、頬杖をつきながら言う。

「家にいても退屈なだけだし、迷惑っちゃ迷惑です。滝沢は……滝沢センセはアタシのこと、なんでそんなに目の敵(かたき)にしてるんですかぁ?」

「いや、生活指導だから仕方ない面はあるんだよ。まぁ確かに、滝沢先生には少し居丈高すぎるところや、言いすぎなところはあるかもしれないが」

 藪下が擁護してくれたようなので、心ひそかに「さっすがヤブッチ、分かってんじゃん」と思いながら、亜美子は少しだけ目を輝かせて言った。

「ですよね! 要は言い方だと思うんですよぉ~。ヤブッ……藪下センセみたいに、落ち着いてこっちの意見も尊重しつつ指摘してくれるなら、アタシもちょっとは考えるんですけど~」

「それなら、どうにか今後は校則を守るようにしてくれないか?」

「スカートを長くっていう、滝沢センセのいつものセリフですかぁ?」

「それもそうだが、髪色を黒くっていうのもな。実際のところ、蓬澤だって進学希望ということなんだから、このままだと非常にマズイことになる。脅しでも何でもなく、滝沢先生は本当に、2学期中にまた蓬澤を謹慎処分にしたい意向だそうだ。私としても何とかそれは避けたいが、そのためには、まず夏休み中にしっかり滝沢先生と話し合ってもらう必要があってな」

 頬杖をやめると、亜美子は椅子の背もたれに向かってもたれかかり、椅子を後方に倒して揺らしながら言った。

「それは嫌です。今日だって、藪下センセだからこうしてちゃんと来ただけで、滝沢センセなら拒否ってますよぉ」

「それはありがとう。じゃあ、つまり、もしかすると蓬澤は、今後卒業まで一切滝沢先生からの呼び出しや注意を食らわなければ、ある程度は校則を守ってくれるか? スカートは注意されるたびに長くすればいいし、後は髪色をもうちょっとダークに、そんな感じで」

 唐突に出されたこの提案に、亜美子は少し期待に目を輝かせながら言った。

「え? 滝沢センセに会いにこなくてもいいってことですか?」

「かなり難しいことだが、私が何とか説得してみようかと思ってな。ただし、蓬澤が私の出す条件を承諾してくれれば、の話で」

 亜美子の表情は途端に曇る。

 再び面倒そうな態度に戻って亜美子が言った。

「あまり面倒なことはちょっと~。呼び出しをチャラにできるのはありがたいんですけど~。で、条件って何ですかぁ?」

「私の家で3回ほど、デッサンモデルをやってほしい。もちろん、アルバイト代はしっかり出す」

「え?!」