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天国の扉

ちょいS部長の羞恥レッスン5

 翌日の午後8時前、そこそこ大きめのスーツケースのチャックを閉めた璃子は、自宅アパート前にて藤崎を待っていた。

 スーツケースの中には、衣服や化粧品や生活必需品などをぎっしり詰め込んである。

 内心「1泊2日なら、こんな量は要らないだろう」とも思っていた璃子だったが、「備えあれば憂いなし」という気持ちも、心のどこかにあったので。

 璃子が腕時計を確認すると、8時まであと5分ほどあるようだ。

 スーツケースのチャック部分に取り付けた、ウサギの小さなぬいぐるみ付きストラップを手で触りながら、璃子は黙って藤崎を待ち続けた。

 すると、僅か3分後、黒い車が走ってきて、璃子の前で停まった。

 事前に車の色と特徴を聞いていた璃子は、急いで助手席のドアを開けて「失礼します」と藤崎に声をかける。

 藤崎が「荷物は後ろに置くといい」と言ってくれたので、璃子は「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」と答えてから、言われたとおりにした。

 後部座席にスーツケースを置いた後、再び「失礼します」と言ってから、璃子は助手席に乗り込んだ。

 平然とした様子の藤崎は、無言のまま顔だけ璃子の方を向いて待ってくれている。

 璃子が乗り込んでドアを閉め、シートベルトを着用したことを確認してから、藤崎はバックミラーや目視で前後左右を慎重に見回してから車を発進させた。

 璃子にとっては何とも気詰まりなことに、車内では無言の時間が長く続いた。

 もっとも、藤崎の無口さは今に始まったことではないので、璃子にとっては予想外のことではなかったが。

 璃子自身、これから始まる藤崎との関係について不安しかないので、緊張からか良い話題が全く頭に浮かばない。

 それでもどうにか、天気や藤崎の住んでいる場所について、当たり障りのない質問や話題を持ち出す璃子。

 藤崎の受け答えは素っ気なく短いものばかりだったが、少なくとも無視されることはなかったので、そこに藤崎なりの気配りを璃子は感じていた。

 やがて藤崎が住んでいる一軒家へと、車は到着した。

 辺りはすっかり夜の闇に包まれているにも関わらず、慣れた様子でスムーズにガレージへと駐車していく藤崎。

 まだ家の全貌をしっかりと確認したわけではないものの、「一人で住むには広すぎる家なんじゃないかな」という気が璃子にはしていた。

 車を停めてエンジンを停止すると、シートベルトを外し、二人は相次いで車から降りる。

 璃子はすぐさまスーツケースを下ろそうと後部座席のドアに近寄ったが、反対側のドアから藤崎が素早くスーツケースを下ろしてくれたので、藤崎らしからぬ行動に面食らいつつも「ありがとうございます」と礼を言った。

 すると、藤崎が少し不思議そうな表情で言う。

「1泊2日の予定なのに、こんな大層な荷物が要るものなのか?」

「私には、色々必要なものがあるんです」

 苦笑しながら答える璃子。

 藤崎は「そうか」とだけ言うと、車のキーをロックしてから、璃子を後ろに従えて自宅の門を開けた。

 玄関のドアから屋内に招き入れられると、璃子の緊張は急激に高まった。

 しかし、藤崎の方はというと、少しも普段と変わらぬ様子で、「ボーっとするな。さっさと上がれ。こっちがリビングだ。電気は今すぐつける」と言ってくる。

 先ほどドアから入ったときに既に「お邪魔します」と言った璃子だったが、テンパっていたためにそこで再度同じ言葉を発してから、藤崎のあとに続いてリビングへと足を踏み入れた。

 予想に違(たが)わず、リビングもキッチンも綺麗に掃除されていた。

 どこの床にもゴミ1つ落ちていないところが、家の主である藤崎の綺麗好きさをよく表している。

 椅子に二人向き合って腰を落ち着けると、今までとは別の意味で緊張する璃子。

 こうして差し向かいになると、やはりいつもの「上司と部下」という関係が大きく心にのしかかり、今の今まで抱えていた「今後についての不安」すら忘れるほど、璃子は居心地の悪さを感じていた。

 すると、藤崎が口を開く。

「再三言ってあるように、今日から1ヶ月間、島村は私のセフレとなる」

 璃子の「はい」という小さな返事を聞いてから、藤崎が続けた。

「この家に入り、二人っきりになってからは、俺のことは下の名前の『高虎(たかとら)』で呼べ。俺も島村のことを『璃子』と呼ぶ」

 璃子は驚いて目を見開いた。

 驚いた理由は「藤崎の一人称が突然『私』から『俺』に変わったから」ではない。

 それよりも何よりも、「藤崎部長が自分の下の名前を把握していた」ということが、璃子にとっては意外だったのだ。

 璃子のイメージでは藤崎は、そうしたことに無頓着な感じがしていたので。

 そしてまた、意外であると同時に、「普段はあんなに素っ気ない態度をとられていたのに、実は大切な部下だと思ってもらえていたのかな」と少し嬉しい気持ちが湧いていたことを、璃子自身気づいていた。

 黙ったままの璃子を見て、藤崎は「無言の承諾」を得たと思ったらしく、リアクションを待たずに言葉を続ける。

「周囲に関係を怪しまれたときのために、表向きは『恋人同士』ということにしておくことにする。しかし、尋ねられてもいないのに、言いふらさないこと。また、尋ねられた場合でも、口止めすることを忘れずに。いいな?」

 璃子としても異論はなく、「はい」と答える。

 まさか、「セフレの関係」などと、他の人に言えるはずもないことは、璃子もしっかり分かっていた。

「あらかじめ璃子に言っておかなくてはならないことは、このぐらいで終わりだな。何か質問があるか?」

「あ、あのっ! ……その……もしかして……。何か痛いことを私になさる、とかそういうことはないですよね?」

 彩乃が言っていた「藤崎部長はSっぽい」という言葉を聞いてから、心のどこかに引っかかっていたことを尋ねる璃子。

 身体を傷つけられるのを恐れている璃子にとっては、そうしたプレイをされることが心底恐ろしかった。

 藤崎は「なんだ、そんなことか」とでも言いたげな表情で答える。

「俺はどちらかといえばSだが、ハードなプレイは一切しない。だから、痛い思いをさせることはないのは確実だから、その点は安心してもらっていい」

「は、はい……。あの、それでは……ソフトなプレイはする、ということですか?」

「するにはするが、今言っているように、身体的に痛みを感じるような行為は一切しないことは確かだ。何を怯えているのか俺には分からないが、璃子の身体に傷をつけるようなことは絶対にないということは約束できる」

 藤崎がどんなプレイをしたいのかが全く見えてこないので、璃子の不安は完全には消えない。

 それでも、「ハードなSMプレイはない」ということが分かったことにより、璃子の心が僅かながら軽くなったことは紛れもない事実だった。

「この辺りではっきりしておいた方がいいな。俺が好むのは一般的に『羞恥プレイ』というやつだ。痛いことも苦しいこともないから、安心するといい」

「羞恥……プレイ……?」

 この言葉に親しみがない璃子にとっても、字面からどういう内容なのか、薄々理解できた。

 そして、不安は増幅する。

 璃子は自分の事を恥ずかしがり屋であるとは思わなかったが、「あまり羞恥心を感じないタイプ」では決してなく、人並みに恥ずかしがることも多いと思っていたので。

 そんな璃子の戸惑う様子を見ても、全く動じずに藤崎が言った。

「今はどんなものか分からなくても、やっていくうちに分かるだろう。それから、あらかじめピルを飲んでもらっているので、遠慮なく中に出させてもらうからな」

「はい……」

 コンドーム不使用での性交経験がない璃子にとって、決して気が進むことではなかったが、今さら嫌がったところでどうしようもない。

 整った顔立ちの藤崎を見つめながら、璃子は「ルックスはすごくイケメンなのに……。部長がもっと優しい人なら、たとえセフレだとしても、エッチしてもらえるだけでウキウキしてたかも」などと思っていた。

「他に質問はないか?」

「今のところ、ないと思います……。多分……」

「分からないことや不安なことは、いつでも質問すればいい。では、早速させてもらおう。先にシャワーを使ったらどうだ? バスタオルは持っているか?」

「はい、持ってきました。それでは……お言葉に甘えて、お先にシャワーを使わせていただきます」

「洗面所に置いてあるバスケットを含めて、何でも自由に使っていいぞ。終わったら、服は着ないまま、右手にある寝室のベッドで待つようにな。浴室はこっちだ。ついてこい」

 いよいよ緊張感が高まってきた璃子は、ゴクリと喉を鳴らしてから「はい」とかすれた声で言う。

 それからスーツケースを開けて、バスタオルやシャンプーなど色々と必要な物を取り出し、手に持ってから、藤崎の案内で浴室へ向かった。