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天国の扉

ちょいS部長の羞恥レッスン3

 午後も取り立てて変わったこともないまま時間が進み、やがて終業時間を迎えた。

 きょろきょろして藤崎の姿を探しつつ、隣の綾乃と一緒に帰り支度を進める璃子。

 すると、ようやく事務室へと戻ってきた藤崎が、開口一番に号令をかけ、この日の業務は正式に終了となった。

 バッグを肩から掛けながら彩乃は、璃子に「じゃあ、帰ろっか」と声をかける。

 藤崎と話がしたい璃子はためらったが、そのとき藤崎の方からスタスタと二人の方へ歩いてきて言った。

「島村、このあと時間はあるか?」

「は、はい……」

 ごくりと唾を飲み込んで答える璃子。

 目を丸くしながら、璃子と藤崎を何度か交互に見てから、にんまり笑った彩乃が二人に言った。

「では、私はこれで失礼します。璃子、また明日」

 言い終わったあと、彩乃は璃子に向かってウインクをする。

 内心「これは完全に『部長と二人っきりになれてよかったね』っていう意味だろうなぁ。こっちは大変な思いをしてるのに。明日、彩乃に何か尋ねてこられたら、どう言い訳しようかな」と思いつつも、この場では何も言えず、「また明日」と言って手を振った。

 嬉しそうな笑みを浮かべたまま、彩乃は足取り軽く部屋を出て行く。

 やがて他の社員2名も次々と挨拶してから退室していき、部屋には璃子と藤崎だけが残された。

 しばらく無言のまま立っていた藤崎が、そっと辺りを見回し、誰もいないことを確認するような様子を見せてから璃子に言う。

「結論から言う。うまく行った」

 この言葉を聞き、璃子は心底ホッとした。

 口数の少ない藤崎がこれ以上の詳しい説明をしてくれるとは期待していない璃子は、すぐに頭を下げて言う。

「部長……ありがとうございました!」

「で、約束は覚えているだろうな」

 璃子としても忘れているはずがなかった。

 明るくなっていた表情を急激に曇らせ、重々しく頷く璃子。

「は……はい……」

 その後、藤崎から唐突に、ピル服用や「生理がもう来たかどうか」について色々と質問され、璃子は驚きながらも正直に答えた。

 璃子の生理は今月まだ来ていないものの、「あと数日以内に確実に来る」という状況だ。

 そのため、生理初日からピルを飲み始めること、生理が終わってから関係を開始すること、関係が続く間はピルを飲み続けることなどを、二人で話し合って決めた。

 こういうやり取りを交わしたことで、心密かに「こういう部分を事前に話し合っておくなんて、几帳面で慎重な部長らしいなぁ」と、なぜか他人事のように感心する璃子。

 もっとも、このやり取りにより、「もしかすると、藤崎部長はコンドームなしで性行為をしたいのかな」という予想も出てきて、ますます戸惑いは増していたが。

 まだ「恋愛関係でもない藤崎部長と、肉体関係になること」を、璃子の心が完全には受け入れきれていないようだ。

 ダメモトの悪あがきをするつもりで、璃子が尋ねる。

「あの……部長……。本気でその……私とそういう関係になるおつもりなのですか?」

「こういうことで私が冗談を言うとでも?」

 にこりともせずに、逆に尋ね返す藤崎。

 内心「どんな場面であれ、部長が冗談を言ったことなんか、私の知る限り一度もないんですけど」と思いつつも口には出さず、璃子は首を振って答えた。

「そういうわけじゃなくて! ただ……私は今まで、恋人だった方お一人としか……その……そういう行為をしたことがないので……。こういうことは初めてなので……」

「だから、嫌だと?」

「そ、そうじゃないです……!」

 怒らせたくない璃子は慌てる。

 藤崎は全く怒る様子も苛立つ様子もなく言った。

「戸惑っているわけか。気持ちは分かるが、約束は約束だからな。島村も、まさか約束を破りたいわけではないだろう?」

「もちろんです!」

「じゃあ、もし嫌だとしても我慢してもらおう。それに、1ヶ月だけの話だ。永遠に続くわけではない」

 藤崎のこの言葉により、璃子の決心は急速に固まっていった。

 不安や困惑が雲散霧消したわけではなかったが、少なくとも「1ヶ月だけの辛抱」と思うことで、心がほんの少しだけ軽くなったのだ。

 藤崎はさらに言葉を続ける。

「では、さっき言ったように、ピルを飲んでおくようにな。土曜日には島村の準備が整っているだろうから、その日から関係を始めるとしよう。それでいいな?」

 珍しく饒舌な藤崎にやや面食らいつつも、璃子は「はい」と言って頷く。

 それから璃子は、自宅アパートの住所を、藤崎に問われるままに教えると、藤崎とのこの日の会話は終了した。

 外はすっかり夕暮れ時の情景を見せている。

 事務室の窓から夏の陽射しが、どこか不安げで寂しげに差し込んでいた。