桜子(さくらこ)は、中学時代からの友人である徹(とおる)と一緒に、駅前のバスターミナルに設置されているベンチに腰を下ろしていた。
まだ午前中にも関わらず、初夏の眩しい陽射しが照りつけ、汗ばむような陽気だ。
二人は小学校も同じ学校だったのだが、同じクラスになったことがなかったため、まともに話すようになったのが中学校入学後だった。
中2と中3で同じクラスになったことが、二人が急速に仲良くなる原因だったといえる。
そして、別々の高校に通っている高校3年生の現在も、しばしば連絡を取り合うほどの仲の良さだった。
だが、お互いの間には恋愛感情は一切ないようだ。
少なくとも、本人たちですら、お互いのことを「気安く話せる友達」だと思っていたことは確かだった。
しばし雑談していた二人だったが、ドア部分に「豆川TV」とでかでかとロゴの貼られたワゴンが目の前で停車するのに気づき、揃って立ち上がった。
ドアが開き、宮元が姿を現す。
そう、今回は桜子と徹に白羽の矢が立ったのだった。
凜と太一、朋香と三浦で実験したのと同じ薬を用いた実験の被験者として。
そして、朋香たちの実験から僅か1週間後のこの日、実験が行われることになっていたのだ。
挨拶を交わした後、桜子と徹をワゴンの中へと招きいれる宮元。
ワゴンはすぐさま、研究所を目指して発進した。
太一と凜の実験時と全く同じ段取りが進行していった。
すなわち、宮元の手によって問題用紙とペットボトルが二人に手渡され、二人に薬入りのお茶を飲ませつつ、カモフラージュとして問題に答えてもらう作業をさせるということだ。
また、ドアのカギも、宮元の手で抜かりなく閉められた。
こうして、密室内にて二人っきりで閉じ込められることとなった桜子と徹。
本人たちは、まだその事実に気づいておらず、机に向かってひたすら問題用紙とにらめっこしていたが。
モニター室にて、白衣を着た莉央菜と、スーツ姿の宮元は、実験室Aの二人の様子をつぶさに観察していた。
モニターには、机に向かう桜子たちの姿が鮮明に映っている。
莉央菜と宮元は、例の「1週間だけ恋人関係」という約束の期間がまだ終わっていないため、普段は気安く話し合っているものの、研究所内では従来どおりの態度で接していた。
もっとも、二人っきりのときには、たまに莉央菜の方から唐突にキスをしたり抱きついたりして、宮元を喜ばせていたが。
モニターを見つめる宮元が心配そうに尋ねる。
「幾らなんでも、今回ばかりは失敗してしまうんじゃないでしょうか……。お二人は、小学校からの知り合いで、『友人関係を結ばれてから』と限定しても、実に5年以上ものお付き合いなのですよ。これだけ長く友人関係を続けられていて、『お互いに対して恋愛感情を抱いていない』と断言されているお二人が、性行為に及ばれるなんて、ちょっと想像がつきませんね……。もし、興奮されてきても、結局は耐え抜かれるのではないかと思うんです」
ところが、莉央菜はやはりいつもどおりに自信満々だ。
「うふふ。今回は奥の手も用意してあるわ。心して見てなさい」
「奥の手って、テレビのことですか?」
宮元の指摘するとおり、今回は実験室にテレビが設置されていた。
もちろん、被験者の二人には何の説明もされていなかったし、宮元ですら「どういう意図で置かれているのか」は知らないのだが。
莉央菜が得意げに説明する。
「それも最終兵器のうちの一つね。あのテレビは特殊改造されていて、テレビ本体だけではどうあがいても操作できなくなっているの。操作するには、このリモコンが必要なわけ」
白衣のポケットから黒いリモコンを取り出し、宮元に見せる莉央菜。
宮元が黙って頷くのを見て、莉央菜が言葉を続けた。
「つまり、あのテレビを操作できるのは、私だけってこと。そして、使うタイミングなんだけど……最終兵器ということで、全ての手段が失敗して『あの二人がエッチする様子が全くない』ってなっちゃったときにしか、使うつもりはないわ。で、肝心の使い方は、シンプルよ。私がこの電源ボタンを押してから、続けて再生ボタンを押すと、アダルトビデオが映るように特殊な設定がされてるの」
「なるほど! そうやって、是が非でもお二人の気分を高めるわけですね。これは効果的かも……!」
宮元が納得した様子で言った。