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天国の扉

怪しい媚薬の研究所15(朋香編3)

 そして、あっという間に撮影当日が来た。

 空は気持ちよいくらいの快晴だ。

 ワンピースに帽子、お気に入りのパンプスという、「休日仕様」の出で立ちで駅までやってきた朋香は、指定された通り、タクシー乗り場にて宮元のワゴンを待っていた。

 表情が少しこわばっているのは、緊張のためだろう。

 実は、朋香が今回の件を即決したことには、理由があった。

 家庭の経済的な事情により、このような「短時間で高収入が得られる」という機会は、捨て置けない状況だったからだ。

 なので、朋香としては「どうしてここまで好待遇なのだろう。きっと何か裏があるはず」と感づいてはいたものの、断ることはできなかったのだった。

 頭の中に立ち上る一抹の不安をかき消そうと、空を見上げる朋香。

 すると、予定時刻よりも少し早めに、ワゴンが朋香の目の前に姿を現した。

 1時間40分ほどかかって、ワゴンは無事に温泉宿へと到着した。

 駐車場にワゴンを停めると、宮元や朋香やその他のスタッフたちはぞろぞろと外へ出て行く。

 スタッフといっても、全員が研究所の職員だったのだが。

 駐車場からも見えている宿の母屋は、年季を感じさせる木造の建物だ。

 そして一行は、入り口のドアへと向かった。

 女将や仲居の出迎えを受けた一行は、すぐさま予約済みの部屋へと急ぐ。

 予約していた広めの和室は2階にあるようだ。

 踏むときしんだ音をたてる古めかしい階段を上がる一行。

 そして部屋に入り、いったん腰を落ち着けるや否や、宮元が朋香に言った。

「それでは、早速ですが、これからの予定についてご説明いたしますね。残念ながら、もう一台の車で来るはずのスタッフたちがまだ到着しておりませんので、撮影開始はもう少し待っていただくことになるのですが……」

 そのもう一台の車に、莉央菜や男性モデルが乗っているのだった。

 交通事情により少し到着が遅れているようだったが。

 朋香が「はい、お願いします」と言うのを聞き、宮元は話を続けた。

 他のスタッフは忙しそうに機材や道具の点検を続けている。

「ちょっと我々とこの旅館の皆さんとの間に行き違いがあったようで、変更を余儀なくされた事柄がございまして……。誠に申し上げにくいのですが……バスタオルをお湯につけるのが、今春のルール改正により、不可能になってしまっていたようです。なので、バスタオルを巻いていただくのではなく、手ぬぐいを使用していただくことになりそうです」

「ええっ?!」

 朋香は驚きの声をあげた。

 手ぬぐいでは、身体をしっかり隠せるかどうか不安なのだから、致し方ない。

 フォローするかのように宮元が続ける。

「本当に申し訳ございません。最初に申し上げましたとおり、沢下さんのOKサインが出るまで、撮影はいたしませんし、そちらをじろじろ見るようなこともいたしませんので」

「は、はぁ……」

 納得できない朋香だったが、どうすることもできなかった。

 ここでキャンセルすれば、宮元ら全員に多大な迷惑をかけてしまう上に、日当を貰えないのは間違いなさそうだったので。

 それに、腰が低く、丁重な物腰の宮元の態度が、朋香には好印象で、「この人を困らせるには忍びない」という思いもあったようだ。

 なので、抗議もせずに、朋香は宮本の話の続きを待った。

 宮元は「理解してもらえた」と思ったのか、説明を続けていく。

「それと、最初にも申し上げましたとおり、我々が今回の写真を載せようとしているのが、『恋人とラブラブデートの貸切温泉宿』というタイトルの本ですので、沢下さんと一緒に、男性モデルの方も温泉に入っていただくことになります」

「あ……やはり、そうですか……」

 朋香はそれには驚かない様子だった。

 意外そうに宮元が尋ねる。

「申し上げるのを忘れていたと思うのですが……ご存知でしたか」

「いえ、ご本のタイトルを伺っていましたので、何となくそうじゃないかなと想像してただけです」

「そうでしたか。大切なことを言い忘れていて、本当にすみません」

 頭を下げる宮元に、朋香は「気にしないでください」と声をかける。

 ふと、朋香は気づいた。

 さっきの話と合わせて考えると……見知らぬ男性の前にて、手ぬぐい一枚というあられもない姿を晒してしまうということに。

 やや狼狽する朋香だったが、「ここでキャンセルするわけにはいかない」と思い、唇を噛み締めた。

 そんな朋香の様子には全く気づいていないのか、宮元は淡々と説明を続ける。

「なので、沢下さんにも男性モデルさんにも申し訳ございませんが、都合上、恋人っぽく笑いあっていただくような演技をお願いすると思います。ご了解いただけると幸いです」

「演技は得意ではないのですが、努力いたします」

「ありがとうございます。それでは、この後の段取りについてご説明いたしますね。もうすぐ、残りのスタッフや男性モデルさんも到着する見込みですので、それから、温泉へと移動していただきます。温泉は混浴で、脱衣所も男女共用ですが、先に沢下さんをご案内いたしますので、男性モデルさんと鉢合わせにならないように留意いたしますね。男性モデルさんにもご到着後、今こうして沢下さんにお話しているような説明を聞いていただかなければなりませんので、その間に、沢下さんには温泉に入る準備を済ませていただこうかと考えております」

「ご配慮ありがとうございます」

 朋香の心は晴れなかったが、宮元の気遣いに対してお礼は言っておいた。