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天国の扉

怪しい媚薬の研究所1(太一&凜編1)

 やや暑くなってきた初夏のある日の夕方、通っている大学の構内を後にし、駅へと向かう太一(たいち)と凜(りん)の二人に、クールビズの出で立ちをした一人の若い男性が前方から近づいてきた。

 辺りには、二人と同じように、帰宅のために駅へと歩いている大学生の姿が数多く見受けられる。

 歩道に並ぶ並木には、青々とした葉が日差しを受けて光っていた。

 スーツの男性は、すぐさま二人に声をかけて呼び止める。

「ちょっとすみません。お時間よろしいでしょうか?」

 すると、太一が即答する。

 迷惑そうな表情を隠そうともせず。

「僕たち急いでいるんで」

「ほんの1分間でかまいませんので、そこをどうにか。失礼ですが、お二人は恋人さんでしょうか?」

 急いでいると言っているのに、そこを全く意に介さず、さらに失礼な質問まで吹っかけてこられたので、太一は早くも怒りが爆発寸前の様子だった。

 しかし、普段から太一より遥かに冷静な凜が、太一よりも早く口を開く。

 愛想笑いすら浮かべて。

「いえ、違います。友人です」

「おお、好都合です! 申し遅れましたが、私は宮元と申す者です。実は私、こちらのローカルテレビ局の者でして、特番にご出演いただける素人の方を募集しているのですよ」

 話しながら名刺を2枚取り出し、丁寧な挙措動作で二人に手渡す宮元。

 太一と凜は反射的にその名刺を受け取って、そこに書かれている「豆川テレビ 宮元友矢」という文字に視線を落としていた。

 太一はすぐに興味なさそうな表情となり、名刺からも宮元からも視線を外して言う。

「ちょっと興味がありません。せっかくですが、僕たちはこれで」

 凜は若干の興味を感じていたのだが、太一と同じく「早く帰りたい」という思いもあったので、太一に従う様子を見せる。

 だが、宮元は間髪をいれずに呼び止めた。

「ああ、お待ちください! 詳しいお話は後ほどさせていただくとして、もしご出演いただけるのであれば、お顔にはモザイク処理をさせていただきますし、出演料は特番ということで通常の3倍にさせていただくことになっているのですよ。よろしければ、向こうに停めてある車の中で、お話だけでも聞いていただけませんか? お二人は、こちらの条件にぴったりなものですから、是非ともご出演いただきたくて。諸条件につきましても、交渉をお受けいたしますので」

 太一はこう聞いても少しも心動かされる様子はなかったのだが、凜は少し興味を持ち始めていた。

 顔にモザイク処理を施されるのであれば、楽に賃金を稼げる良い機会に思われたからだ。

 凜が太一に向かって言った。

「それじゃ、お話だけでも聞いてみる?」

 しかし太一は即答する。

「いや、めんどくさいし。さっさと帰ろう」

 宮元はそれでも食い下がった。

 凜が興味を示しつつあることに気づいたようだ。

「ほんの1分間で済みます。それに……ここだけの話ですが……出演料は……」

 宮元はそう言いつつ、二人に左の手のひらを見せ、右手人差し指を使ってそこに「10」と書いた。

 きょとんとする二人に、小声で宮元が続ける。

「後日、3時間だけお時間をいただく代わりに、お二人に10万円ずつお支払いいたします」

「え?!」

 凜が驚いた声をあげる。

 声はあげないまでも、太一もまた驚いた表情を見せた。

 宮元がさらに続ける。

「ですので、ほんの1分間だけ、お時間をお願いいたします。もしお断りなさるのであれば、その後でもかまいませんので」

 こう言われると、ますます食いつかざるを得ない凜が、再び太一を見て言った。

「数分間だけってことだし、ダメかな?」

 心から懇願する様子の凜に、諦めたような溜め息をつき、太一が「じゃあ、話だけな」と答える。

 太一もまた、先ほど提示された破格の金額に、心が揺らいだのかもしれない。

 凜は宮元に向き直ると、言った。

「では、お話だけ……」

「ありがとうございます。それでは、こちらへ」

 宮元は「待ってました」とばかりに満面の笑みとなり、少し離れたところに停めてあるワゴンを指差す。

 ワゴンのドア部分には「豆川TV」というロゴが大きく書かれており、かなり目立っている。

 そして太一と凜は、宮元の案内で、そのワゴンへと向かった。