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天国の扉

セフレの彼は幼なじみ62

 帰り道、菜那美は陸翔を質問攻めにしていた。

 ようやく、かすかながら「大好きな陸翔と交際できることになった」という事実を実感し始めた菜那美。

 陸翔も「騙してたのは俺が悪かったから、何とでも言ってくれ」と笑顔で言ってくれていた。

 涼しい夜風が二人の頬を撫でていく。

 菜那美以外にも、ちらほらと浴衣姿の女性が歩いているのが見受けられ、「同じ花火大会へ行ってきたんだろうな」と菜那美に思わせた。

 菜那美が早速、呟く。

「陸翔と絵莉花さんが本当にお付き合いしてるわけじゃない、なんて……全然気づかなかったよ」

 陸翔は軽く笑いながら答えた。

「でも、『おかしいぞ』って菜那美に感づかれても仕方ないような出来事もいっぱいあっただろ。純粋すぎるところがある菜那美が疑いもしなかっただけで」

「え~? 例えば?」

 ちょっと不服そうに言う菜那美。

 半ばおどけた口調だが。

 陸翔が答えてくれた。

「例えば、そうだな……。菜那美も知っての通り、俺はトマトとナスが大嫌いだ。こないだ菜那美が晩飯を作ってくれたとき、そういう話もしてただろ」

「あと、グリーンピースもね。それで……?」

「それで、な。覚えてるか? 7月の始めごろ、絵莉花が俺のために、昼食のサンドウィッチを作ってくれたときのこと」

 菜那美は思い出す。

 そういえば、そんなこともあったかな……と。

 陸翔は言葉を続ける。

「あのとき、サンドウィッチの中に、トマトが入ってただろ。3ヶ月も付き合ってて、あれだけ料理上手な彼女なのに……俺の嫌いな食べ物を知らないなんて、どう考えてもおかしいだろ。絵莉花が料理が上手いことは、菜那美も知ってると思うし」

「え……。あ……!」

 菜那美は思い出した。

 その時、陸翔が咳き込んで、慌ててお手洗いへと向かったことを。

「まさか、あのとき……お手洗いへ行ったのって……」

「おう。作ってくれた絵莉花には申し訳ないが、トマトの部分だけは吐き出して、捨てさせてもらうことになったってわけ。なんとか、ごまかせたようだな」

 陸翔は苦笑して続ける。

「それだけじゃないぞ。おふくろに関してのこともそうだ。おふくろ、絵莉花の顔すら知らない口ぶりだっただろ。普通、おふくろがあれだけ知りたがってるんだったら、いくら俺だって、彼女の写真くらい見せるぞ。おふくろが言ってたみたく、紹介するところまでは行かないまでも、な」

「ああ、確かに……。そっか、それでおばさんに言ってなかったんだね」

 それは菜那美も納得できた。

「だろ。まぁ、おふくろは、俺ほどではないにしろ、菜那美のことが好きだし、仮に絵莉花の写真を見せていたとしても、俺が絵莉花と別れて菜那美と付き合うことにしたってことを祝福してくれると思う。もちろん、すぐにはおふくろにも言わないけどな。今すぐ伝えると、まるで俺が、絵莉花から菜那美に乗り換えたみたいになるだろ。そして、もし絵莉花の写真をおふくろに見せていたとしたら……相当めんどくさいことになりそうなのは、菜那美にも理解してもらえると思う」

「うう……。おばさん、ごめんなさい……。たしかに……」

 陸翔の母に申し訳ない気持ちになりつつも、菜那美は陸翔の言うことに納得できた。

 今度は菜那美が質問する。

「えっと、じゃあ……。どうして、セフレに……?」

「ああ、そのことか。あれは実に単純なことで……。あのとき、ああいう経緯ながら、生まれて初めてエッチできただろ。しかも相手が、長年想い続けてる菜那美だったわけだし、そりゃ有頂天になるって。で、調子に乗ったわけだ。またエッチしたいという気持ちもあって……ついつい、『セフレにならないか』と言い出して……直後に『やべ、何言ってるんだ俺は』と我に返ったが、もう後には引けなかった。一度言い出したら後には引けないこの性格、菜那美も知ってるだろ」

 菜那美はよくよく知っているので、黙って頷く。

 水着を買ってくれるという話になったときも、それを言い出した陸翔が「借りを返させてくれ」と言って、申し訳なく思う菜那美を押し切って、連れて行ってくれたことを菜那美は思い出していた。

 陸翔がさらに続ける。

「まさか、思いがけず、菜那美がセフレの提案に乗ってくるとは思わなかったけどな。ともかく、すでに菜那美も知ったみたいに、俺は絵莉花と付き合ってるわけでもなかったし、別に罪悪感はなかったわけ。そもそも、もし俺が本当に絵莉花と付き合ってたら、さすがに、『セフレになろう』なんてこと、菜那美に言い出すはずがないって。いや、そもそも、菜那美とあの日の初体験すら、していなかったと思う。そのへん、俺がその程度の、考えが浅くて薄情な男だと思われてたみたいで、今でもショックだけどな、ちょっとだけ」

 寂しげに言う陸翔に、すぐ菜那美が言った。

「ご、ごめん! でも……あの時言ったみたいに……私はセフレについて全く知らなかったでしょ。だから、『そういうものなのかな』って勝手に納得してただけで……。だから、その……陸翔のことをそんな風に思ってたわけじゃないの」

「いや、冗談だから気にするなって。今こうして、彼氏彼女になれたんだし、そんな些細なことはお互い綺麗さっぱり忘れようぜ。しかし、本当によかった……。一時はどうなることかと……」

 珍しく表情を曇らせてうつむく陸翔。

 並んで歩く菜那美は、思わず陸翔の背中を撫でた。